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埋火



*鉄火がトチ狂ってます。
 なんだかとっても観覧注意。






喉まで出かけた言葉を飲みこんで、下した。
絶対に口にしてはならないそれは酷く苦く、嘔吐感すら覚える。

いっそ吐き出してしまえば楽だろう、他でもない自分自身が、楽に、なれるだろう。
だけどそれは自分勝手で憐れみをこう要素の微塵もないエゴでしかないこともわかっている。

だからこそ、俺はここにいるのだ。
吐き出せない苦しみと、身を裂く痛みを抱きながら。






「飛び降り自殺は面倒だ、死ぬなら山奥で首吊って死ね。」

相変わらずの仏頂面はそう言い放つ。
形のいい唇が紡ぐその旋律は、いつだって俺の心を捕らえて離さない。

「嫌です。アンタに、見てほしいから。」

「何を?この高さからじゃみえねーぞ、ぐちゃぐちゃになったテメェの死体なんざ。」


高層ビルの、最上階。正確には、屋上。
普段人の立ち入りが皆無であるそこは、学校の屋上のように転落防止のフェンスはなく、ただっ広いコンクリートの大地が四方に広がるだけだ。

あと一歩踏み出せば、世界がおわる。
そんな位置に、俺は立っていた。
吹き抜ける風は荒々しい。
まるで、早くおいでと急かしているようだ。


「…俺は貴方が好きでした。貴方も俺が好きだと言ってくれた。」


俺という人間が認識できる「世界」の終わりは、飛び降り自殺。
別に特別な意味はない。この人の網膜に、記憶に焼き付く死に方なら何でもよかった。



「でも、貴方はあの人を選んだ。俺のことなんか考えずに。俺はこんなに貴方を愛しているのに。俺が世界で1番貴方を愛しているのに!」



仏頂面は、眉一つ動かさない。
俺は続けた。


「…でも、俺だって自分の気持ちだけでアンタをどうこうできるってなんか思っちゃねえ。だから待ったんです。貴方が俺に気づいてくれるのを。俺がどれだけ貴方を好きか、愛してるか、求めているか!」


「アンタは知ってるはずだ!なのに答えてくれない!何故!俺はこんなに好きなのに!」




我慢のきかなくなった嘔吐感は嗚咽へと変わった。
ああ、涙が止まらない。
はたして自分の声帯からでている声なのかと疑いたくなるほどの、悲鳴染みた叫び。
あああああああ、もう、駄目だ。
ぜんぜんうまくいかない。
なぜ?
なぜおれはえらばれない!



「なんでなんでなんで!どうしておれじゃない!どうして!」


叫んだ。
吠えた。
喚いた。


吹き抜ける風は依然として強くて、時折鳴くように音をたてる。
俺の声と合間って、鳴く。泣く。

吐き出してしまいたくて仕方なかったものを口にしたら、あとはおわるだけだ。
今が、最後の一歩を踏み出すときなんだ。
これが言えたなら、いい。


あとはあの人が苦しんでくれれば上出来だ。
思い残すことなんか、ない。
希望もなにもない現状で、今一番俺が望むこと。それこそが、『この人を苦しめる』ことなのだから。



「…貴方が悪い。貴方が悪い。貴方が悪い貴方が悪い貴方が悪い。貴方が悪いから、俺は


一瞬。
仏頂面が、歪み。
一瞬で。

間合いが詰められ。


瞬きの合間で、
俺は冷たいコンクリートに口付ける。


無造作に前髪を捕まれ、前のめりに転がされたのだと理解するころに、右足に激しい痛みを感じた。

ばきん。

ああ、
脚が。


「い゛ぁああ、い゛だい、あ゛ああわ、あぁ゛、っひ、ぅわ゛、あ、」





「気持ち悪い声。
勘違いもいい所。
妄想も大概にしろ、餓鬼。」



仏頂面はやっぱり仏頂面なまま、退屈そうに俺の足を折り、痛がる俺の体に腰掛けた。

痛い、いた、痛い痛い痛い痛い痛い。

体中から脂汗が噴き上がる。

いたいいたいいたいいたい。


「そんなに死にたきゃ死ね。…と言いたい所。だが。」

「お前が死ぬと泣く奴がいる。」

「俺はあいつの泣き顔なんざ、見たくねェ。」


「ってことで。
自殺防止策、その一。


…この足なら動けねェだろ。」


珍しく饒舌な仏頂面は、どんな顔をしていたのだろう。
痛みに支配された俺の頭のなかは、ただただ激痛に堪えて、耐えることしかできないはずなのに。不思議と渇いた声だけははっきりと届いた。


「自殺防止策、その二。


俺は全くお前に興味がない。
死にたきゃ死ね。何度でもいう。死ね、死ね。お前なんざいらねぇ。」

「…お前の、構ってください自殺は無意味なんだと理解しろ。
その無い頭に刻みつけろ。」



痛みに耐える涙とは、違う何かが頬を伝い、コンクリートを濡らしていく。
雫が、一つ、二つ。

ああ、ああ。
いたいいたい。
いてぇよう。


「自殺防止策、その三。」


背中に感じる人の重みがすっと消え、代わりに妙な浮遊感。
抱き上げられ、肩に担がれるのを俺はただ呆然と受け入れることしか出来なかった。



「…答えてやれねぇんだよ。ごめんな。」




「でも」



「死ぬなんて、言うな。」




「お前が、」




「死んだら」





「 寂しいだろ 」




いたいいたいいたい。
折られた右足も、ぶつけたおでこも。引っ張られた前髪も、全部、全部。

いたいいたいいたいいたいいたいいたい。

胸が、いたい。



「…ごめんなさい。」


「…あァ。」


「謝りますから、」


「うん?」


「傍に、置いてくだせぇ。」

「…世話の焼ける餓鬼。」


防止策二と三、どちらがこの人の本音かなんて考えるまでもなかった。
この人は残酷なまでに優しくて、優し過ぎるほど残酷だから。



吐き出したかったものを吐き出して。
この人を、困らせたはず。
楽になりたくて仕方なかったはず。
だけど、何故だろう。




いつの間にか足の痛みよりも強くなったその痛みは、俺の涙腺をぶち壊してしまったらしい。
しゃくり上げ、遠慮のかけらもなくあの人の服を汚し、

しがみついて、泣いた。






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090613 ぼくのいないゆめものがたり。

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