貴方の声が雑踏になる
*IIDXで王国心無身体パロ
*身体と魂は在るのに心がない皆さんの話
鉄火とニクスの場合
煙草が吸いたいとか、煙草が美味いとか。
そんなことを思う心などとっくの昔に無くしたというのに、未だに俺は体を内側から蝕むコレを辞められないでいる。
どうしてかは分からないし、どうでもいいのだけれど、と。独り言のように溢したのがいけなかった。いつでも俺の隣に、そこが定位置とでもいうかのように隣に居座る赤毛のガキが、笑った。
「それはきっとニクスさんがニクスさんを忘れたくないからなんじゃねーかな」
なんだそれは、と聞いたのが、これまたよくなかった。
「だって俺だって、何で好きでもなんでもねぇニクスさんの隣にいるかわかんねーもん。」
いつもと同じ、屈託無い笑顔を浮かべたまま、赤毛は続ける。
コイツの記憶にはこういう時にこういう笑顔を浮かべるのが相応しいと、刻まれているのだろうか。なんだかひどく、違和感があった。違和感があって、空っぽのはずの胸が疼く。これは、なんだろう。
俺の記憶には、こんな時どんな顔をするべきなのか、なんて。記憶されていない。
分からなくて、ぼうっとしている俺に、赤毛が笑ってみせる。
今度のソレは、先ほどのとは少しちがっていた。
「おれは ね。」
「忘れたくない、ん、です。」
「アンタのことが好きだったこの記憶を、」
「アンタと過ごした楽しかった日々を、」
「忘れたくない。おわりに、したくない。」
紡ぐ言葉は淡々としていた。当たり前だ。俺たちに心など無い。
俺の記憶に、赤毛が。
鉄火が、こんなことを言っていた記憶は、ない。
「だから。」
記憶にないはずの鉄火の笑顔が、なぜか、なぜか、見たくなくて。
それを覆い隠すように俺は赤毛に手を伸ばした。
胸元に引き寄せて、片腕で抱きしめた。これで鉄火の顔は、見えない。
「…これは、どういうことなんですかねえ」
埋めた胸元から、鉄火の声がする。
熱のない、色のない、無機質な、声だった。
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ユーズとケイナの場合。
「本当は怖いんじゃないですか?」
真っ白な空間に、真っ黒なコート。そこに確かにある筈なのに、その空間だけが切り取られたような印象を受ける。
声。声が聞こえた。
鼓膜を震わすそれは穏やかで軽やかで、こんな声を、前も聞いたような気がする。
「心を取り返すことが出来たなら、俺達は人を愛することができる。そんな演技、する必要が無くなるんです。心があれば。…それは俺達皆の、願い。」
深々と被ったフードのなかで、彼は一体どんな顔をしているのだろうか。ただ淡々と言葉を紡ぐ、かれは。
「でも同時に俺達は。」
「苦しみや悲しみや痛み、と、向き合わなければならなくなる。」
俺は、何かを、言おうとした。舌がつっかえて、声が、出ない。
感情などないはずなのに、きっと俺は、焦っている。目の前の男が口にする言葉は、まるで小振りのナイフだ。一撃こそダメージは少ないが、じわじわと削るように、傷口を抉るようにその刃を光らせる。きっとそれを、コイツも分かっている。わかっていて、やっている。嬲るように、追い詰めるように。
「まあ俺はアンタが心を取り戻してくれなくても構わないですけどぉ、俺はみんなと同じで心、取り戻したいんですよね。」
かつ、かつ、ブーツの底と、真っ白な床がぶつかる音が、近づいて、近づいて。
「俺はアンタを愛したい。どうせ振り向いてもくれないなら、アンタに心はなくていい。」
真っ黒な網、みたいな。男の掌が、俺の頬に伸びてきて、
「アンタもその方が楽だと思いますよ。これ以上、傷つかなくていいんだから。」
堅い革の感触が、頬を撫でる。
コートの内側は、見えない、見えない。
相も変わらず一方通行な言葉の刃、暴かれる。嬲られる。追い詰められる。これはきっと危機感だ。心がなくても、分かる。この感覚を俺は知っている。何故ならこの男は、この男に一度俺は全てを暴かれた。傷口を。生々しく脈打つ切り傷を、この男に抉られた記憶が俺の脳裏に蘇る。ただ一つ違うのは、コイツの声色には容赦も憐憫もない。ただただ俺を、おいつめて、俺の、無いはずの、捨てた心を、胸の、奥を、
「特別に秘密にしておいてあげますよ。アンタが望んでノーバディになったことは、ね。」
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110328 聾