info text, top


Re:空中分解

【Q1.メンヘラを好きになった場合どうすればいいですか?】


恋人同士のそれとは似ても似つかない、情事の後の戯れ。俯せた俺の背中に腰掛けるあいつは、一糸纏わぬその姿のまま、煙草を蒸していた。

「…何見てんだ。」

「いーや、別に。」

色素の薄い金髪。元軍人というだけあって、無駄のない肉のつき方をしている、四肢。そして、まるで虫か何かを見下ろすような、つまらなそうな、目。
細めた瞳は血の色をそのままうつしたような赤い色だが、はたしてコイツに赤い血が通っているかどうかと言えば首を傾げてしまう。人類であることは確かなのだが、人でなしであることも確かなので、判断に困る所である。

そんなニクスと、俺。

「メンヘラはすぐに股開くって本当だな。」

「は?メンヘラ?ようするにキチガイだろソレ。キメェ。」

やれやれと呆れたように言ってやれば、冷たい瞳はますます負の感情を濃くし、まるでゴミか何かを見るみたいなそれになった。…やはりコイツには赤い血は通っていないだろうと決着をつけて、一人頷いた。
じゃあコイツの肌の下には、何色の血液が通っているのだろう、と。ぼんやり考えて、見る。
程よく筋肉のついた内股に、走るいくつもの筋。きっとひとつひとつは小さく短かったであろうその線は、いくつも、いくつも重なりあい、そこに異様な存在感を漂わせていた。鋭利な刃で、肌を裂いた跡。血液の流れを断とうとした、印。ああ。これは。
とりあえずいい加減に重いので、無理矢理寝返りを打つ。ふぎゃ、という悲鳴と共にニクスが尻餅をつくが、まあいいだろう。

「うわ、灰落とすなよ。」

「そもそもテメーがいきなり動くからだっつーの。」

そう言うニクスは渋々と言った様子で、灰皿に煙草を押しつけた。立ち上っていた煙が、消えた。
ベッドに横になりながら、そんなニクスをじっと見つめた。どこをどう見ても普通に普通の色男なのに、内股にあるそれだけが異質だった。
その視線に気付いたのか、ニクスがニヤニヤと笑って見せる。

「なに見てんだよ。これか?」

にやけた顔のまま、ニクスは恥じらいの欠片もなく両足を開いた。股の中心はぐちゃぐちゃに濡れていて、ばっちりと情事の跡が残っている。ついついそっちに目が行ってしまうが、それがアイツの狙いなのだろう、切れ長の瞳が真っ直ぐに俺を見ていた。
…その視線が気持ち悪くて、俺は目を逸らす。気味が悪い、受け付けない。こんなニクスが、俺は、俺は。嫌いだった。

「同情しちまった?可哀想?」

そんな俺の心情を察して、か。口元の笑みを色濃くしたニクスは、異質な傷痕を撫でて見せた。…性悪なアイツのことだ、これからどうすれば俺がどうするか、まで察している筈だ。無意味に、無駄に頭のいいこの男は、善くも悪くも俺という人間を理解している。それは俺も、同じことなのだけれど。なまじ付き合いが長いというのもよくないことだと、本当にそう思う。もし俺がコイツと出会ったばかりでコイツのこういう一面を知っていたら、はなっからこんな関係にはならなかった筈だ。
計算した、からか。本能的に、どうすればいいかわかっているからか。奴はふっと、笑みどころか表情全てを打ち消して、視線を伏せた。それはまるで人形のようなそれで、生きている人間のそれとは思えない。色のない、無表情。

「しにたいんだ、おれ。」

ゆっくりと、緩慢な動きでニクスが俺の目の前に這ってくる。動いているのは唇だけで、瞬きすらしていない。それがまた気味が悪くて、俺は眉を潜めた。
そんな俺には全く興味がないらしい。普段の余裕綽々で高飛車で、きっとゲーセン仲間の誰も知らない、いや、もしかしたらそんなことはないけれど。きっとコイツに関わる人間でも知っている奴は少ないだろう顔、が。姿を見せる。

「くるしい、たすけて、」

器用に整えられた爪が、ニクスの首筋に触れて、皮膚を、掻き毟る。こんなことをするために伸ばしているワケでは無いはずなのに、綺麗な爪はすんなりとアイツの首筋に赤い線を残す。行儀よく並んだ八つの糸。沈むような重苦しさを孕んだニクスの声。

「おれのなかに、つっこんで、おもいっきりかきみだして、いっぱい、だして、」
「…もう黙れ。」

演技なのかそうでないのか、薄気味悪い言葉を遮るように、俺と同じくらいの太さの手首を掴んで、引いて、押し倒す。力の入っていない身体はあっさりと組み敷かれて、再びベッドに沈んだ。
きっと奴はそれを望んでいたのだろう。シーツに踊る金髪と同じ色の睫毛が、歪む。

「…ははは、いーだろ別に。そっちだって気持ちイイだろ?お前、俺んナカだーい好きなくせに。…あ、可愛く鳴いてやった方がいい?痛くしたいならしてくれていいし。なーんか気分いいから、好きなようにしてくれても構わねーよ」

全く存在しなかった感情が、ようやく顔を見せる。それはやっぱり気味の悪い笑顔だったけど、何もないよりはマシだと自分に言い聞かせ、並んだ八つの筋に舌を這わせた。汗に混じって、少し鉄の味がする。
ケラケラと、カタカタと。壊れたように笑うニクスをそのままに、俺は行為を開始した。

「もっとヨくして、」

「何も分からなくシて、」

煽る言葉に惑わされないように、耳を塞ぎたかった。
こんな言葉は嘘だ。こんなのはアイツの台詞だ。演技だ。
そんなことは分かっている。そんなことは分かっている。

(わかってる、分かってる、解ってる。)

不安定な情緒を安定させる為に身体を重ねるニクスが、俺以外にも身体を開いていることを知っている。知らない所で自傷行為を行っていることも、知っている。ただニクスは俺を利用しているだけで、俺じゃなくてもいいことも。
セックス依存性、というやつなんだろう。そこん所は、よくは知らない。
常識的な感性をもっているまっとうな人間なら、こんなことに依存などしないだろう。分かっている。
だけどそれ以上に、ニクスとの行為に依存してしまっている自分を自覚している。それをニクスも、きっと分かっている。分かっているからこそ、俺を選んだのだろう。
そんなアイツの弱さに付け込むことでしか繋がっていられない自分の腑甲斐なさが痛くて。その痛みが消える筈もないのに、俺はニクスの自傷痕に舌を這わせる。消える筈もないのに。消えるわけがないのに。

(この皮膚を裂いたら、赤い血が流れているのだろうか。)

いつの間にか考え事をしていたことすら忘れて、俺はニクスの身体を貪っていた。ニクスは笑っていた。喜ぶように。俺を嘲るように。ああ、本当に。
何処にもいけないのは俺だけで。どうにもできないのも、俺だけで。

(わかってるんだ、わかってる、のに。)

重ねた唇も、汗ばむ身体も、滴る体液も、熱を宿した吐息も、全部、全部。
空中分解して、まざらない。

(どうしてやればいいか、)

(わかんねぇよ、ニクス。)

(なあ、)



【A.無回答。(空欄)】

*****
110124 二万打・五代目拍手御礼文
カプセル

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -