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「これでおしまいさ。」

月日が経つのは早いもので、と、一行で済ませてしまえるようなことだが、俺の、この四年間はあっという間だった。
では四年間の中で何がかわったか。それは一行では表せないほど、変わった、と思う。大きく変わったのは、周りを取り巻く環境だろうか。それは微弱な変化だったかもしれないが、時が流れるように、ゆっくりと、変わらないものなどないのだとでも言うように、色々なものが移り変わった。
例えば四年前に一緒に某髭の所に寄生していた某バイク野郎は、整備工場で働きながら気紛れにやれ絵だやれ彫刻だと創作活動を初め、中学生だったガキ共はもう大学生だ。
俺はというと、髭んち、じゃなくて某髭邸からのパラサイトを止め、これまた気紛れにモデルをやったりバイトをしたりして自立している。我ながら劇的ビフォーアフターだ。

四年間。
コイツの四年間はどんなものだったんだろう、と。俺は、目の前にいる純白のタキシード姿の赤毛を見て、思った。



「しっかしお前選ぶとか、相手は人生棒に振ってるとしか思えねぇなあ。モノズキってか。」

「その台詞、何度目ですかい。」

馴染みのない小綺麗な式場。馴染みのない厳かなBGM。そんなシチュエーションであるからか、目の前に立つかれこれ六・七年以上の付き合いになろうかという男の顔にも、馴染みのないような錯覚を覚える。そんな筈はない、はずなのに。初めて出会った時に比べれば大分背ものびたし、顔付きも大人びたとは思う、が。何年も会わなかったワケでもないのに、コイツが誰か別の奴になったんじゃないかと思う程違って見えるのはなぜだろう。
そういう自分自身は、というと、外見的な変化は殆ど無いし、当然ながら(俺だし)身体的な衰えを感じることもない。同じように歳を食っている筈なのに何故か、コイツだけ俺より早く歳をとったんじゃないか、なんて思えてくる。あー、そっか。俺フェアリーだから歳とらねんだった。納得。

「っていうかニクスさんが来てくれると思いませんでしたよ。面倒だって言われるんじゃねーかってヒヤヒヤしてたんですけど。」

「あー、タダでうまい飯が食えるって言われたし。ちなみに祝儀十円だけいれたの俺な。」

「新しい!」

「だろ?」

新郎の控え室には、新郎である鉄火と、俺の二人だけだった。
一緒に来たデュエルと孔雀、慧靂は余興の準備で行ってしまったし、鉄火の両親は親戚関係に顔を出しに行った。だからこの状態は不可抗力で、偶然の筈だった。筋書などない筈なのに。

「ははは、…ね、ニクスさん。覚えてます?四年前の成人式。」

落ち着いて語りだす鉄火の言葉は、まるで今日この日、このタイミングで話そうと前々から決めていたようなそれで。落ち着いていて、威厳のある、声。四年前は涙声で情けなく吠えていた奴と同一人物とは、思えない。

「…ああ、お前が成人式でやらかした時の話が。なんだっけ、酔っ払って壇上に上がって歌歌ったんだっけ?黒歴史だなあ。」

「それはどこの鉄火くんですか?俺は無茶苦茶真面目に出席してましたっつーの。…まあいいや。そん時俺が誰と付き合ってて、誰にフラれたか。知ってます?」

上等なソファに座る俺に一つ溜め息をついて見せて、鉄火は進めた。やっぱり、落ち着いた口調で。

「俺は、その人のことが好きで好きで仕方なくって。成人式の後飯に呼ばれたから、学校の同級生達の誘いを蹴って、会いに行った。」

淡々と紡ぐ言葉は、全く別のどこかにすんでいる誰かの話のようで。そんな筈はない、そんな筈はない。だってこれは、だってそれは。
突っ立ったままの鉄火がゆっくりと室内を歩き始めて、続けた。

「そして、フラれた。」

(…ああ。)

確かにあの日は成人式だった。
着慣れないスーツに身を包んで、照れ臭そうに頬をかくその顔は、幸せいっぱいな、笑顔で。
それを奪ったのは、それを殺したのは、紛れもない、俺、で、
ちりちりと。痛む、何か。
痛い、だなんて、甚だしいと分かっている。コイツはもっと、痛かったはずだ。


「理由とか、そういうのは色々酷い事言われましたけど、まあ、おいといて、だ。」

座ったままの俺は、ただ奴の言葉を聞いていることしか出来なかった。できることなら耳を塞いで、いや、罵声か何かを投げつけて、この部屋を出て行ってしまいたかった。そうできればさぞ気持ちいいことだろうと、思うのに。
そう出来ないのは何故か。空気を読まない式場のBGMが響くこの密室。柔らかい照明の灯りも、清潔感と暖かみを含んだ部屋の内装も、全てが全て、俺は、ああ。
続きは聞きたくない。聞きたくない、聞きたくない聞きたくない、
ずきずきと、痛む。
だんだん、いたく、なって、

「どーーーっせ、俺の大好きなあの人のことだ。俺の将来だとか世間体だとか勝手に!無意味に考えて!身を退いたんだと思いますけど。」

(わかってる。コイツのことだから、言わなくても気付いてるって、わかってた。)

「俺も大概、頭にきたんで。…大好きな大好きなあの人に、ですね。…テメェが手放したのはとんでもなく価値のあるものだったんだぞって思い知らせたくて。」

(わかってた。コイツがどんなに魅力的か。何時だって太陽みたいに笑うコイツが、どれだけ、どれだけ、)

ずきずき、ずきずき、

「成人して、修行、頑張って。立派な男になって、綺麗で優しい奥さんもらって。…ねぇ、ニクスさん。」

(それを、今、いうのか。)

(おまえはそうやって、俺を、)

ずき、ずき、ずき、ずき、

「俺は、あんたが勿体ないことしたって思うような、いい男になれましたか?」

痛い、痛い。
胸を張っていた。顔は困ったように笑っていた。口調は穏やかだった。俺のよく知る鉄火に似ていた。似ていたけど、違った。四年の歳月でコイツは変わったのだ。もともと俺、には、眩し過ぎる存在だったのに。手放したことを後悔するまでもなく、コイツはいい奴だ。誰もに好かれて、それでそれで。
だから俺は、だから俺は。

「…ぁんだお前、当て付けの為に女見繕ったのか?」

違う、だろ、何言ってんだ、俺、痛い、なら、もう何も言わなきゃいいのに。
なんで、もっと痛い目を見るような台詞を吐いてるんだ。
コイツが言いそうな事なんかわかってるくせに、勝手に痛がったところで何も、変わらないのに、

「まさか。彼女は俺が一番愛してる女です。これから一生俺が守っていくひと。だから、」

(ああ、あああ、ほら、ほらみろ。)

痛くて、痛かった。もう無理だと思って、俺は腰を上げた。立ち上がって、歩きだそうとした。俺は逃げることにしたのだ。無様だ、いっそ滑稽だ。でもそれは、出来なかった。
少し腰を浮かせたところで鉄火が俺の胸ぐらを掴んできたから、だ。なんだ、と睨み付けてやる余裕もなく、俺は動けなくなるばかりで。俯いた鉄火の、妙に落ち着いた顔をした鉄火の、言葉を。ただ聞いていることしか出来なくて。

「ニクスさん、聞いてくだせぇ。頼むから、一言だけ、こたえて。」

浮かせた腰が、力なく落ちる。
胸ぐらを掴まれたまま、俺はソファに座らせられた。鉄火はその手を離さない。俺は目を逸らせない。

「…っ、なんだよ、つーか、放、」

「俺もいっぱい考えたんです!アンタと同じように!優しいアンタのことだから、俺の為を思ってああしたんでしょう!自分が嫌われてそれでお仕舞いって!」

やっとのことで絞りだした声も鉄火の張り上げた声に塗り潰されて、俺はまた何も言えなくなる。

「分かってる!分かってるけどよう、ニクスさん…ねえ、ニクスさん。」

言えなくなる。言わなくても気付いているのだろうとわかるから。この後に続く言葉が、なんとなく予想できたから。

「確かにあの時、アンタは俺のこと好きだったんですよね?付き合ってた三年間は、嘘じゃなかった。そうですよね?」

分かってる。わかった、わかったから!

「ねえ、」

いうなよ、もう、いわないでくれ、頼むから、なあ、

「俺がアンタを愛していたように、ニクスさんも、俺のこと、好きだったんですよね?」


ああ。

全部、過去形じゃねえかよ。


「…っ、」

何かがプツン、と切れて、何かが落ちて、何かが崩れる。そんな音がした。そんな音がして、俺は、なにがなんだか、わからなくなって。
鉄火の手を、払いのける。
力の加減など、してやるもんか。
ああ、もう、全部、全部、全部全部全部!終わった、のかよ、

「そうだよ!だから何だってんだ!俺たちは男同士で、お前は大事な跡取り息子、俺は底辺!最初っからうまくいくなんて思ってなかった!でも好きなもんはしゃーねぇだろ!欲しくなっちまったんだから!だから、大切、だから!別れた方がいいと思って…嫌われちまえばいいと思ったのに!何なんだテメェは!なんでそれが分かってるのに嫌いになんねーんだよ!」

終わったのか?もう昔の話なのか?全部、お前は、なんで、でも、俺は、どうして!

「じゃあどうして、今日来てくれたんですか。嫌われたかったんじゃねーんですか。」

嫌われたかったさ、嫌われたら楽だと思ったんだよ、でも俺は!!

「それはお前が!!」

「…俺が?」

「っ、」

…あ。
…ああ。
今俺は、やってしまった。いってしまった、いっ、て、ばなしてしまった。ヤバイ、だろ、これは。俺は、何を。違うだろ、ダメだ、これは、これは。
溜め込んで飲み込んだこの気持ちを、口に出してしまった。言葉にしてしまった。そしてそれをコイツに聞かれてしまった。全てが、過去形だった。
重苦しく続く関係でも、変わらなかった気持ちを、今、俺は。
繋ぎとめておく唯一の術を、俺は、あああ、なん、で、っ、俺は!!

「っ…あんたって人は、なんで、まあ、そんなに。不器用で、優しいんっ、ですか。」

振り払われた腕をゆっくり下ろして、鉄火は言う。

「…でも、これで、ようやく、」

ああ。
鉄火が、言ってしまう。行ってしまう、いってしまう。俺を置いて、いってしまう。
それだけは、それだけは、でも。数ある選択肢の中で、一番ベストな答えだと分かっている、分かってる。

「終わりに、できます。ニクスさん、」

ただ、俺が。
ただ、お前が。
ただ、ただ。

好きだった、だけ、で。

「やっぱり、俺。アンタを嫌いになれるわけ、ねーんで、」

「俺と、友達に、なってくれませんか?」


いっそ嫌みなくらい穏やかな鉄火の笑顔。小綺麗な式場、厳かなBGM。気持ちばかりは四年前から全く変わらない俺には酷く場違いに感じられるそこ、で。
ちらりと見た花嫁は嫌みのない、いい女で、それで、そこで。


鉄火は今日。
多くの人間に祝福されて。
幸せそうに、笑いながら。

鉄火は今日。
愛する女と、結婚式を、挙げる。


(友達になるという終着点は、彼が最も恐れていたもので、)

(外された鎖の先には何もなくて、)

(でも、彼らは、)

(これでおしまい、なのでした。)

*****
110120 just be friends.

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