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輝ける明日が待つわけでもなく、

「ニクスさんて考え事するとき、俺から見て左だからー、右斜め下見ますよね、ヤニ切れの時は下唇舐めるし。イライラした時は舌打ちするけど、その前に一回おっきく瞬きする。真剣に話を聞いてくれてる時は頬杖するくせ、聞き流してる時は目を見て頷いて見せる。都合が悪いと帽子の鍔、触りますよね。帽子が無くても前髪いじるし。んで、視線が左右に動く。」

「……。」

ゲーセン帰りのマックにて、頬杖をつきながら、俺はべらべらとよく話す恋人の話に耳を傾ける。ああなるほど、とも、いや違う、とも言わなかったのは、コイツの言っていることを一瞬理解出来なかったからだ。
がやがやとうるさい店内に二人。俺の反応を見て、鉄火は笑う。

「本人は無意識でも、案外クセってあるもんなんですよ。へへ、よーく見てるでしょ、俺。」

ああ、そういう事か。
ようやく話の流れ、というか着地点を悟って、俺は視線を鉄火から反らした。目の前にはくしゃくしゃに丸められたハンバーガーの包装紙と、綺麗に畳まれたそれ。相変わらずこのガキは妙なところで器用である。
…しかし、なるほど。確かに意識してやっているわけではないが、俺は確かに、考え事をしている時に右斜め下を見るくせがあるようだ。改めて知ってもなんの特にもならないが、まあ、コイツが俺のクセが分かるようになった、という事実が発覚したのでよしとしよう。残り少なくなったコーラを飲み干してから、俺は逸らしていた視線を再び鉄火に向けた。

「…まあ、確かに。お前俺のことばっかり見てるし考えてるしなぁ。」

「…否定はしねーです、よ、うじゅ。」

にい、と唇の端を吊り上げて見せながら言うと、鉄火は元々血色のいい頬をかあっと赤く染める。罰の悪そうに肩をすぼませて視線を伏せる様は、照れているというより飼い主に叱られた犬(多分豆芝あたり)のようで、笑えた。ああ、コイツはなんでもう、こんなに、こんなに。
胸の奥がきゅうっと締め付けられたあと、あったかくなるような感覚。これがトキメキ(笑)というやつだと教えてくれたのは、他の誰でもなく、この鉄火だった。


にしても実際、コイツは、俺が自然にやってしまうクセ以外にも、俺の習性をよく捕らえている、と思うことがしばしばある。生活リズムだったり、言動だったり、態度だったり。そう実感する瞬間は様々だ。
傍にいる時間はダントツで髭の方が長いし、コイツの空気を読む能力が高いわけでもない。(むしろマイナス点だ)そんなコイツとこの、脆く傷つきやすく、かつ繊細でナイーブで(以下略)な俺が一緒にいるということ。それはきっと俺の寛大過ぎる、大らかな、優しい(以下略)俺の弛まぬ努力の成果の賜物だが、コイツの、コイツらしさ、という要素ももしかしたら関係している、かもしれない。

相手を理解しようとする心。
大切な、…ああ、恥ずかしい話だ、けれど。
今までにこんな風に、誰かを、好きになったことなんか、ないから。…本当に好き合う相手、なら、こう、なんだ。…クセのひとつひとつも逃さずに、相手を、見つめる、っつーか。…そういうものなのかも、と。ぼんやり、思えて。

「…ニクスさん?」

「ん?」

視線を伏せたまま考え事に耽っていた俺の様子を伺うように、鉄火が名前を呼んでくる。一言応えて視線をあわせると、鉄火は屈託なく、笑った。

(…あー、俺も、末期だよなあ。)

まあ、なんだ。
要するに、コイツの隣は居心地がいいのだ。だから、だから。うん、あれ、なのだ。
壁掛け時計がそろそろ午後四時に差し掛かろうというところで、俺は腰を上げた。

「…さて、帰るか。」

「はいっ!」

トレーを手に、出口に向かう。後を追うようについてきた鉄火を横目に見る。先ほどに比べれば少し頬の赤みが消えたように見えるけれど、依然として頬は赤かった。
…さて。帰宅するにはまだ早いが、明日からの定期テストの為に鉄火をさっさと帰して勉強させてやらねばならない。
そういえば鉄火が愛読している小説が、昨日発売だったはずだ。帰りは駅前の本屋に寄っていってやろう。ついでにわかりやすい英語の参考書でも見繕ってやろうか。…いや、俺が教えた方がはやいか。なんて考えながら、歩道を歩く。少し歩くペースを抑えて、隣を歩く鉄火を見下ろした。

「ん?俺の顔、何かついてます?」

能天気な声で尋ねてくる、俺の恋人。
ずっと隣にいてほしい存在。
可愛い可愛い、俺の、

こんなに誰かを好きになったことなんて初めてで、どうしたらいいか分からないこと尽くしで、今だってどんな顔していいか、分からないけれど。
とりあえず、まあ。コイツの真似からしてみるか。


「鉄火。お前さあ、」

「へい?」

もっと、コイツのことを考えてやろう。
もっと、コイツのことを、
ずれてもいない帽子の鍔を直して、視線を左右に振った後。鉄火に向き直り、口を開く。


「新しい眼鏡、すっげー、似合ってるぜ。」

ああ、なんか口のなかがしぱしぱしやがる。なんて思って口を閉じると、当の赤毛は、一瞬目を見開いて、アホみたいな顔をした。なんて間抜けな顔なんだ。鼻摘みてー

「っ、ほとんど形、かわって、」

「あ?フレームの幅が違うだろ、あと裏の色も。そっちの方が、お前に似合ってる。」

「っ、」

金魚みたいに口をぱくぱくさせて、そして、俯いた。ああ、耳まで真っ赤じゃねーか、あああ、もう。鼻摘みたいどころか、ああ、…ここが公道じゃなかったら!!
いろんな衝動を抑えて、くしゃ、と鉄火の頭を撫でてやってから、立ち止まってしまったコイツの手を取る。指先が強ばったのが分かって、なんだか笑えた。

きっと俺は今すごくいい笑顔になっているに違いない。街中で笑いながら歩いているだなんて薄気味わるがられそうだが、まあ、それもいいだろう。

一瞬一瞬が幸せで、今この時が楽しくて。きっとそれはこの先も続いていくんだろう。
この手を放さない限り。
コイツがいてくれる限り。
俺は今、幸せだ。



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