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恋色心中、

かち、かち。

機械的に、規則的に、静寂の支配する室内に響き渡る、時を刻む音。
枕に埋めた頭はそのままに、視線だけで時計を見遣れば、針は三の文字を指していた。現在の時刻−午前三時。夜明けまでには少々、いや、程遠い。

別に夢を見たわけでも、疲れていなかったわけでもないのだが、おかしいことに、ふ、と目が覚めた。特に物音がしたわけでもなく、不意に。おかしいこともあるものだ、と、再び瞼を閉じようとして、やめた。ああ、目の前にあるのは、愛しいあいつの童顔じゃないか。

俺を包み込むように、両腕で抱きしめてくれる識。優しい印象を与える眼も今は伏せられていて、髪と同じ緑色の長く揃った睫毛が美しい。…こんな風に、識の寝顔をじっくり見たのは初めてかもしれない、なんてぼんやり考えながら、ひとつ息をついた。

肌と肌が触れ合った箇所から流れ込んでくる体温も、間近で聞こえる息遣いも、全てが安心感を与えてくれる。
それが、ひとつひとつ。あったかくて、気持ち良くて、安心する。
いつも胸のなかにある愛しさが、急に込み上げてきて、俺は識にしがみつくように抱きついた。…ちなみに俺から抱き着く、なんてことは、識が眠っている時限定である。(調子にのることは目に見えているし、なにより恥ずかしいからだ!)


仕事終りに部屋に来た識と、こうして枕を並べるのは久しぶりのことだった。久しぶりの識のにおい。久しぶりの識の体温。眠ったままの識を見つめて、俺は安堵する。
決して口には出せない関係である俺達の間柄。証明するものは俺達の感情一つで、赤い糸、なんかより細くか細い繋がりであるそれを、こうして確かめることができるのだから。

はた、と、視線を滑らせる。…ああ、またやってしまった、と、溜息がでた。

どうにも寝相が悪いらしい(識いわく)俺は、またシーツを手繰り寄せ、向き合う形で眠っている識から奪ってしまったらしい。しっかり包まっている俺、上半身裸の状態で肌を外気に曝している識。
眠りに堕ちる前にはかかっていなかったことを考えると、確実に識が掛けてくれたのだろうが、寝ている間に俺が識から剥いでしまったのか、はたまた俺にしか掛けなかったのかは定かではないが、とにかく、識をこのままの状態で寝かせておくのはよろしくない。風邪でもひいてしまったら大変だ。



そっと、識を起こさないようにと慎重にシーツの端を引っ張る。なんだか自分が悪いことをしでかそうとしている悪ガキみたいな心境でいることが無性に滑稽に思えて、嘲笑気味に笑んでみるが、寝ている恋人の前で一人ニヤついているのも笑えない。笑んでいたのもつかの間、いつものように眉間に皺が寄る。…でも、そんな葛藤すら、…楽しかった。幸せだった。
隣にいるこいつの存在を噛み締めるようで、くすぐったかった。

「…何一人で百面相してるんです?」

「…あ、すまん、起こした?」

不意に頬を伝い、髪を抄く識の指。長い指は暖かくて、気持ちがよかった。
起こしてしまったようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになるけれど、ふわり、と笑うその笑顔につられて、俺も笑ってしまう。
そんな俺の気持ちを察してか、いえいえ、と識が付け足した。

「ふふ、眠れないなら…子守唄でも歌いましょうか?」

笑いながら俺の額に唇を寄せ、気分良さ気に俺をからかう意思の感じられる台詞を放つ。弟子の分際で!識の癖に!と、いつもならふん、と突っぱねてしまいがちなのだが、今は不思議とそんな気にならなかった。
ああ。
愛しいのだ。目の前にいる識が。なにもかも受け入れて、委ねてしまいたいと、そう思うほどに。

「…子守唄はええから。…抱いて、くれへんか。」

こいつになら、識になら。全てを委ねてしまったっていい。
こいつなら、識なら、全てを受け入れてしまえるような気がする。
例えそれが、許されない関係でも、許されない思いでも。世界でたった一人。識が、赦してくれるのなら。

「…珍しく甘えたさんですね。師匠のそういうところ、好きですよ、俺。」


かち、かち。
時を刻む音が聞こえなくなる。
真夜中の暗闇のなか。
静寂が支配する室内。

俺は。


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