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ひゃくまんかいいきたねこ。


あるときねこはお姫様に仕えるお侍のねこでした。
お侍はそれはそれは強く逞しく、この国一番の武士であると謳われるほどのお侍でした。

銀色の長い髪と、鋭い眼光。
対照的に、ねこと接する時はいつでもにこやかで、その掌で頭を撫でられるのが、ねこはきらいではありませんでした。
お侍と瓜ふたつの弟とは反りが合わず何度も喧嘩をしましたが、その度にお侍がお侍の弟をこらしめてくれるので、ねこは快適に毎日を暮らしていました。

あるときお侍は言いました。

「このお家に生まれてきたことは誇りに思うけれど。もし、ここではないどこかに生まれてきていたら。もし、あのお方と、違う出会い方をしていたら。」

秋風が頬を撫でる夜のことです。
いつもは笑顔を絶やさないお侍が、少し寂しそうな顔で言いました。

「何のしがらみもなく、愛するあのお方を守りつづけていけたら。…ずっとずっと、お傍に、添い遂げ、られたら。」

お侍の目から雫が零れ落ちます。
熱い何かが猫の鼻先に落ちました。少ししょっぱいそれは、ねこの知らないものでした。


「自由に生きるんだ。お前は、どこまでも、正直に生きていけ。お前にはそれが、できるはずだ。」

ねこにはわかりませんでした。
ねこにはしがらみも無ければ自由が何かもわかりません。だから、お侍の言葉の意味が分かりませんでした。
ただただ、お侍の胸のなかで、潤んだ蒼い瞳を見上げることしかできませんでした。


お侍が、火を放たれたお城で亡くなったのは、ねこが死んで一ヶ月後のことでした。
お侍は、最期の最期まで、だいすきなお姫様を守りつづけて、死にました。





あるときねこは、大陸を牛耳る武器商人のねこでした。
武器商人は長く戦争を続ける両国に武器を流している大罪人でした。

空色の瞳と、薄緑の髪とバンダナ。力強い眼力は見るものを竦み上がらせ、持ち前の商才を遺憾無く発揮した商人は、若くして裏社会を統べる長に君臨していました。

沢山の人が商人の流した武器で傷つき、死んでいきます。沢山の人々が商人を恨み、憎みました。でも商人は、それを止めようとはしませんでした。

あるとき商人は言いました。

「例え誰に憎まれようと、例え誰に怨まれようと、俺は俺の大切な家族を、あいつを守んなきゃなんねーんだ。自分勝手だと思われたって、構わない。国より大事なんだよ、俺には。」

病に倒れても、気丈な姿勢を崩さない異国の恋人に会いに出向いた夜のことでした。
冬の夜風は容赦無く商人に吹き付け、胸元に潜り込んだねこは、ただ黙って商人の話を聞いていました。

「…あいつの病気が治るなら、俺は命も魂も身体も心もいらねぇ。…親父とお袋が真っ当に生きていけるなら、人殺しって言われても、構わねぇ。」

商人が見つめる先は、夜の闇。
何もかも捧げたって構わないくらい、大切なものがないねこにはわかりませんでした。
商人の思いなど、考えもつきませんでした。


商人が死んだのは、ねこが死んで半年後のことでした。
黒髪の恋人に、両腕に抱えきれない薔薇をと夜道を歩いていた時に、商売敵に鉛弾を撃ち込まれて。
商人は、最期の最期まで、恋人のもとに向かって、死にました。




あるときねこは、教会の神父さまのねこでした。
古代兵器を用いた戦争が続くなか、家を無くし親を亡くし居場所を奪われた子供達を集めたその教会で、ねこは暮らしていました。
神父さまはいつでも優しくて、ちょっと悪戯してやると困ったように笑います。
ねこはそんな神父さまが嫌いではなかったので、いつも人々の悩みを聞いてやる立場の神父さまの悩みを聞いてあげていました。

あるとき神父さまは言いました。

「何故人を、殺さなければ、人は前に進めないのでショウ。」

押し殺したような声に驚いて、ねこは神父さまを見上げます。眉間にシワをよせて、頭を抱える神父さまは、とてもつらそうに見えました。

紫色の髪を掻き乱した神父さまのことばは、悲鳴のように続きます。

「ッ…doll適応反応が、出た、と。政府はワタシに、あの兵器で人を殺せと、言ってきマシタ…!神は、私に人殺しをしろとおっしゃるのでショウか。私が軍に行ったら、あの子たちは…!」


苦悩の表情を浮かべる神父を、ねこはただ見上げていることしかできませんでした。
ただ流されるがままに生きていたねこにはわかりませんでした。
神父の悲壮も、苦悩も。そのような感情を、ねこは持ち合わせていなかったのです。


神父さまは、ねこが死んでも、死ねませんでした。
優しい神父さまは、死ねない身体を引きずって、人殺しを続けました。





あるときねこは、ねこでした。
誰に飼われることもなく、自分が生まれた所もしらない。大事なものもなければ、苦しみも悲しみも、ねことは無関係でした。

お空には黒くて大きな鳥がいくつも飛んでいます。
あいつらは大地に火の粉を振り撒き、悲しみしか残しません。
頭のいいねこは知っていました。

『どこにいっても、にんげんはころしあうのが大好きだ。』


あるときねこは、小さな庭のあるお家に忍び込みました。
食べ残しでも拝借するつもりが、食べ物がないのは人間も同じらしく、収穫はなにもない。諦めてどこかに行こうと思いましたが、ねこはそれより面白そうなものを、見つけました。


「おまえ、なんで繋がれてるんだ?」

「だって、犬ですもん。俺はこの家の番犬だから、この家を守らなきゃ!」

番犬、と自負するくせに、侵入者である自分に一度も吠えることのない、赤い犬。細い鎖で繋がれたその犬は、ねこよりもずっと、痩せていました。

「おまえ、腹減ってないのか。」

「減ったけど、この家のみんな、お腹空いてるから。」

「…川にいけば、いっぱい食えるぞ。」

「うじゅ、く、食いてーけど!俺はここんちの番犬なんだってば!」

力無く吠えてきた番犬を、ねこは何となく気に入りました。


ねこはたびたび、番犬に会いにこの家を訪れました。日に日に痩せていく番犬に、川で捕ったどじょうやカエル、虫を届けにきたりもしました。番犬は喜びました。ねこはそれが嬉しくて、こんな所から出て一緒に野山で生きようと提案しましたが、番犬は首を縦にはふりませんでした。

「今、俺がこの家を離れるわけにはいかないんでい。例え餓えてしんじまったって、俺は、この家のみんなを守りつづけなきゃなんねーんです。」



ねこにはそんなにも大切な、守るべきものなんてなかったので、ねこは理解できませんでした。




次の夜。
ねこがいつものように番犬に会いに行った夜のことでした。
いつも同じように庭の隅に鎖で繋がれていた番犬が、今日はそこにはいませんでした。
薄暗い月明かりの下。そこにあったのは。
赤い犬の毛と、鉄臭い匂いのする、赤黒い何かが飛び散った跡。

いつも辛気臭い家のなかからは、笑い声が聞こえます。




肉の焼ける匂いを、漂わせながら。




ねこはしがらみも自由も知りませんでした。なりふり構わず必死になってまで守りたいものもありませんでした。何かに悲観することも何かに思い悩むこともねこには無関係でした。
でもねこは、ひとつだけ、理解しました。


番犬が死んだのはねこが死ぬ一日前。
置いて逝かれるということは、身を裂く程に、痛く苦しいのだと言うことを。





あるときねこは、人間でした。
拒絶の名前を持つねこは、家という、血というしがらみから逃げて、彼の大切な人を彼なりに可愛がり(時々いじめたりして)、気まぐれに思い悩んだり落ち込んでみたりして、生きています。


「よう、ニクすけ。今日は一人?」

「…んだその呼び方…」

「だな、コイツにゃそんなかわいらしい呼び方似合わねーよ。」

「は?俺ほど癒し系な萌えキャラこの世に存在しねーっての。」


笑いながら話せる友達が、います。

「…ああ、ニクス。今から聖奈さんの店に行くのデスが…。」

「ん。泊まり?」

「ええ、はい、まあ。戸締まりはキチンとしてクダサイね?」

「ん。おっけ。」

家族のように包んでくれるひとが、います。



「あ、ニクスさん!おっそいですよー、俺待ってたのに!」

「おーよしよし、エライエライ。」

「う、うじゅ、そ、そんな褒めなくても〜へへ、ま、当然でい!」

「…単純。」

隣で微笑んでくれる恋人が、います。

ただただ正直にまっすぐに生きることは難しく、大切な人達と、一緒に。
ひゃくまんかいいきたなかで、ねこがこれほど、この一瞬を幸せだと感じたことはなかったでしょう。温もりが、他人が、絆が、言葉が、これほど愛しいものだったということを。



ねこは言いました。
決して発音することはなく、胸のおくの、鍵の掛かった扉のなかで、


『次もまた、こいつらと出会えますように。』

誰にも聞こえないはずの声。
誰にでもなく、自分に向けた声。

ひとつ、息を吐いて。
ニクスは言いました。

「…海、いきてぇ。おまえらちょっと付き合えよ。」





おしまい。

*****
100727 ひゃくまんかいいきたねこ。

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