info text, top


私と貴方を、(私と貴方で。)


(つまりはどうしようもなく、俺はこの人に惚れちまってるわけで。)



「もうみんな着いてますかねぇ。」

「さァ…どうだろうな。」


からんころん。
履き慣れないはずの下駄で、夕暮れ時の町を進むニクスさん。いつも目深に被った帽子も今日は無く、通った鼻筋も切れ長の目も露になっている。

「人いっぱいだろうなぁ。着いたらはぐれねぇように手ェ繋ぎましょうね!」

「暑いからやだ。」

「即答!」

俺の浴衣では小さすぎるので、親父の浴衣を借りたわけなんだけど…これがなかなか。中々というか、上々というか。
色素の薄い金髪は深い藍色の浴衣によく映えると、思った。


俺のどうしようもないお願いを、眉一つ動かさなずにいつもと同じ仏頂面で、いっそ清々しいほどにあっさりと、ばっさりと切り捨てたその人と、俺。
断られたのは残念だったけど、そんなことが全く気にならないほど、俺は超絶ハイテンションなのだ。




ということで、夏!夏である!


本日八月十四日土曜日は、俺が通っているゲーセンの近くでお祭りがある日だ。
屋台やら出店やらが道に軒を連ね、夏の夜がより一層暑く燃え上がる今日この日!頭の中も年中お祭り騒ぎのゲーセン仲間のみんなで、全身全霊はっちゃけまくっちまおう!(あ、でも警察沙汰にはならないでね、俺の店の前では☆by識さん)…ということで、俺達は集合場所のゲーセンに向かっている途中である。


ちなみに家が近いわけでもない俺とニクスさんがなぜ一緒かというと、ニクスさんに浴衣を着てほしかったので一旦俺ん家にきてもらったから。
俺の発想に間違いはなかったらしく、かーちゃんに着付けてもらったニクスさんはそれはそれは美しく…ほら、さっきから道行く女の子達が振り返りまくりなんだって。イケメン過ぎるっつーのも困ったもんだ!


「祭り楽しみですねー」

同じように俺も下駄を転がす。
何時もと違う足音。でも、ニクスさんは何時もと同じように、歩調を合わせて道路側を歩いてくれていた。

正直言って、だ。この人の人混みを嫌うところも帽子を取りたがらないところもよーく分かっていただけに、お祭りに誘ったって、絶対に一緒に着てくれないだろうし、浴衣だなんて以っての外だと思っていた。
でも、予想以上にすんなりと。予想外にあっさりと、一緒にお祭りに行くことを承諾してくれて、正直まだ夢を見ているような気分になる。

それ以上に、嬉しくなる。
我が儘を聞いてもらえたことが、ではなく。
一緒にお祭りにいけることが、だ。


「…金魚すくいとかあるかな。」

「こんな時でも寿司ネタ捜してんのかお前は…金魚はまずそうだぜ?」

「食うことばっかかアンタは!」


地下鉄への階段を下りながらそんなやり取りをする。
反響した声はいつもより明らかに弾んでいて、気分がいい。お祭りの会場に着く前からこんなに楽しいだなんて、俺はなんて幸せなんだろう。

改札を潜り電工掲示板を見上げると同時に、神懸かり的ナイスタイミングでちょうど電車が来る。
そんなちょっとしたことでも、いつもなら、やったラッキー!…くらいの幸運でも、今の俺にはどうしようもないくらい運命的幸福に感じられた。我ながら浮かれてしまっている、自覚はある。


風が吹き抜け四角いドアが開き、何人かの下車を見送ったところで乗り込むと、車内には同じように浴衣を着た人がたくさん乗っていて、他でもお祭りがあるのかな、と、思った。
…っていうか若干混んでる、かも。

こういう、混み合った電車に乗ると…ああほら、この人はいつも通り俺をドア側に押しやって、壁になってくれる。
こういうさりげない気遣いは、恥ずかしい半面とても嬉しくて。

「ん。ありがとうございます。」

「…なにが。」

当たり前のことをしたんだと言わんばかりのその言葉が、またまた嬉しくなる。
ああ、もう、この人は。
どうしてこうも、…あれ?

一駅過ぎて、人が流れるように乗り込んでくる。下車した人数より乗車した人数の方が多かったんだろう、ニクスさんの身体が、壁に沿うように立つ俺に密着して。


指が絡め取られる。
掌と掌が重なって。
結ばれる。繋がれる。
よく馴染むその掌は、愛しくて仕方ない、ニクスさんのものだった。


「え、」

「…ゲーセンの連中に見られたら面倒だろ。…祭じゃ無理だから、今。」


もしかして。
電車に乗る前に言った、俺のどうしようもないお願いを、この人は覚えていてくれたのだろうか。


『人いっぱいだろうなぁ。着いたらはぐれねぇように手ェ繋ぎましょうね!』

『暑いからやだ。』

『即答!』


あんな短いやり取りを。
幼稚でちっぽけな、俺のお願いを。


ああ。
なんなんだよもう。
この人は。


いつだってこの人は、俺を大事にしてくれる。愛してくれる。
そんなこの人に、俺は何を返してやれるだろう。



「ニクスさんが好きすぎて、毎日幸せでさぁ、俺。」

「……そいつはよかったな。」

「…へへ。」


繋がれた掌を握り返したら、更に強く握り直してくれた。
それが嬉しくて笑ったら、ニクスさんも少しだけ、笑ってくれた気がした。


電車が揺れる。
二人を乗せて。
早く着かないかと思う半面、俺は、もう少しこうしていたいと、思った。


(ありがとうの意味をこめて、愛してます、誰よりも。)

*****
100702 拍手お礼二代目
箱庭

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -