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お前の笑顔まであと、

我ながら気分のいい朝だ。
ひんやりとした冬の空気が頬をついて、乾燥気味の肌はひりひりと痛む。顔半分を覆うマフラーは何度巻き直してもずれ落ちてくるものの、たいして気分を害することにもならないのは、待ち合わせに間に合うどころかすこし早く着きそうだという現状のせい、かもしれない。

原宿駅、竹下通りの改札を抜けて、待ち合わせの時計まで歩く。今日はRootsに服を買いに行く約束を、あいつとした。
いつもは待ち合わせ時間なんて、あってないようなもので(いちいち決めるなんて面倒くさいからな。)いつもあいつを待たせることになる俺なワケ、だけど。今日は違う。

現在時刻、一月十九日、午前十時四十七分。
待ち合わせは午前十一時。

約束の時間より十三分もはやく、待ち合わせ場所の近くまで辿りついたのだ。

(…っと、あと十二分になっちまった。)

時間を確認し、ケータイを畳んで握る拳ごとポケットに深々と沈める。
何故か今日は気分がいい。少しくらい待ってやったって、いいかもしれない。ああ、事故とは言え、起こしてくれた英利に感謝の念を送っておこう。(サンバイザーを下敷きに寝ていた俺をベッドから引きずり落として起こしてくれちまった英利くん、ありがとう。)


日曜日の原宿は果たして同じ民族なのか怪しいファッションの人間が溢れていて、目に優しくない。
まあ、どんなところにいようが、あの赤毛は目立つから関係ないわけだけど。

歩く。
たいした距離ではない。
歩き方をとくに意識したことはなかったけれど、きっと今俺は、足早に、軽快に歩いているんだろう。そんな気がした。

(………悪くねェな。)

…と。
見つける。

(ん?)

軽かった足どりが鈍くなり、回転がおちる。
待ち合わせの時計下につくころ、には。
無駄に高潮していた気分が、

「…なんでいんの、お前。」

「なんでって!デートでしょおデート!!俺とアンタ、待ち合わせしてたじゃねーですか!!」


…下がった。
テンション下がった。
うわ、何こいつ。
時間十分前にいるとか、
うわ、うわー。
何俺。超惨め。超可哀相。
ちょっと早めについて待ってようとか思ってた俺涙目。


待ち合わせ時間十二分前。
待ち合わせ場所、原宿駅前の時計周辺。

待ち合わせ相手、寿司屋の息子、鉄火、発見。

っていうか。

「んと、とりあえずおはようごぜぇます!珍しいですね!」

(…こいつ。)


「…お前、何時にここついた?」

「え?…えと、ちょっと前、ですよ?たった、五分くらいまえ…」

「嘘つけ。」

「うじゅ、そ、嘘じゃ、ねーですもん!」

(鼻のてっぺんと、耳。頬も少し…赤い。)

いつも待ち合わせ時間に間に合った試しがなかった俺は、どれだけコイツを待たせていたのかなんて、知らなかった。とりあえずは、遅刻した分待たせていたという認識に落ち着いていた、わけだ。
だから最近コイツが待ち合わせ場所鼻やら耳やらを赤くしていても、たいして気にならなかった。
もちろん、待たせて申し訳ない気持ちはあった。(俺基準の俺規格で。)春夏ならまだしも、最近の冷え込みようったら…

「正直に言わねェと帰る。」

「だ、だから五分…」

「嘘ついたな、俺帰るわ。」

「わー待って待って待ってくだせぇってばぁ!」


踵を帰す、仕種をとる。
勿論帰るつもりは、毛頭ない。

「んと…一時間、前、です。」

視線を右往左往させた後、所在無さげに肩を落としたこいつは、ぼそぼそと呟くようにそう零した。

「…待ち合わせの、一時間前?」

「…だ、だって、」

「ニクスさんとデートってぇと、張り切っちまって妙に早起きしちまって!」

心なしか小さくなって見えるこいつの顔は、眉間にシワは寄るは唇噛み締めてるはで皺くちゃだった。しかしよくもまあこんなにも表情に変化があるものだ、なんて思いつつじいっと見つめると、目があって。


「あ、でも待ってるのとか全然苦になんねーですよ?今日はニクスさん、どんな格好でくるのかなーとか、髪型はどんなかなーとか!今日は一緒に何食べようかなーとか、ニクスさんのこと考えてたら一時間なんてあっという間だし!」

慌てたような口調で声を張り上げるこいつは、今度は泣き出しそうな、でも笑ってるようにも見える、複雑な顔で俺を見上げてくる。…顔芸とか得意そうだな、絶対。
(年中お花畑なコイツの脳内が垣間見える発言については、この際スルーすることにしよう、優しいな、俺。)


「…俺、待ち合わせ時間に間に合ったことほとんどねーじゃん。」
「…だって、今日は待ち合わせ時間より早く来てくれたじゃねーですか。」

と、今度は、笑う。
幸せそうな笑顔で、少し気恥ずかしそうに赤くなった鼻の頭を掻きながら。
十分やそこらで待ち合わせ時間より早くついた、だなんて気分良くしていた俺はもういない。今ここにいるのは、目の前のハチ公よろしく健気にも寒空のした(勝手に)待っていたコイツを、どうしようもなく残念な人間(というか、犬)だと哀れむ俺半分、そんなコイツがどうしようもなく愛しく思ってしまう俺半分。
まあ俺の心理描写なんか長々語ったところでコイツの残念さは変わらないので、割愛。


「……これから出かける時は俺んちにこい。」

「……その心は。」

「…お前が起こしにきたら問題解決。」

「はは、いっそのこと一緒に暮らしちまいましょうか。」

解けかけた俺のマフラーを肩にかけながら、恥ずかしそうに笑う。
待ち合わせ時間一時間前にここについたコイツは、きっと俺がもっと遅れてきたって同じように笑うんだろう。…手がかじかんできても、鼻水がでたって、熱が出てきても。
冷えた掌を重ねて、コートのポケットにエスコートする。出掛けに髭が寄越したホッカイロがいい働きをしてくれたので、ポケットは実に快適にぬっくぬくだ。

一歩、踏み締める。
手を繋いだ相手も一歩、歩みを進めた。

「チープなプロポーズだな。」

「うう、だ、大丈夫でい!ほんとのプロポーズのときはちゃんともっとシチュエーションとかこだわって予行練習とかして…」

「よし鉄火、結婚しようぜ。」

「………ふえ?…あ、うじゅ、ッ、ドリームクラッシャーめぇえ…あ、でもでもうん、はい、じゃなくて、結婚しましょう!…あれれ、」

一人呟き首を傾げるコイツ。
一人でもバタバタころころグシグシ世話しないコイツといるのは、悪くない。
二人でいる時間が、俺は好きだ。



吐き出した白い息は冷たい空気に溶けて。
繋いだ両手の温もりと、心を満たす幸福感が、心地よかった。


*****
0309 拍手御礼文でした。

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