『ひとつになれないふたり。』
*あなたの手紙には読めない字だけの続きです。
7月24日
せっかく夏休みだというのに、俺ってやつはやっかいな風邪にかかっちまったみてーで、昨日から人生初の入院生活を送ってる。
父ちゃんと母ちゃんには頭の調子も治してもらえーっ!なんて言われちまった…うう、ひでぇ!
やること無くて暇っつったらニクスさんがノート買ってきてくれた。日記でも書けば?だって。悪くねぇ提案だ!
はやく治して残りの夏休み遊びてぇぜ!
7月25日
夏休み二日目ー。慧靂が新しい買ったゲームの説明書見せてくれた。面白そう!!病院にゲーム機持ち込んだら怒られっかな…
7月26日
今日はニクスさんが一日中いてくれた。なんか超優しくて嬉しかった。気味悪いけど!夜遅くまでいてくれて嬉しかった。夜の病院ってこえーもん。
7月29日
検査?やら何やらでバタバタしてて大変だった。うじゅ、注射怖いって言ったらニクスさんに笑われたー!!
7月30日
今日はニクスさんと士朗さんとデュエルさんと慧靂がきた!
母ちゃんが来てる時だったからちょっと恥ずかしかった…なんか母ちゃん、気ィつかってんのか士朗さんとデュエルさんと慧靂連れて出てくしよう。ニクスさんと二人にしろーなんて言ってねえのに。…嬉しかったけど。
(確かにそこには、生きている鉄火の姿があった。)
8月2日
今日はエリセリコンビがクッキー作ってお見舞いにきてくれた!エリカさんは相変わらず料理美味いし可愛いし、士朗さんとはお似合いのカップルだよなあ。
…セリカはユーズさんにアタック続行中らしい、頑張れ…!
8月3日
中庭でニクスさんとお話した。
暑いからってエアコンつけっぱなしにしたらサイレンさんと英利さん道連れに風邪ひいたとか。いつもとおんなじ他愛もない話。
こんな話をしている時間が、俺は大好きだ。
8月4日
昨日今日とニクスさんが元気なかった。いつもより無口で心配。風邪のせいかな?
8月5日
風邪っぽいサイレンさんと英利さんがお見舞いにきてくれた!むしろ二人のほうが心配だ…!
8月6日
今日はゲーセンの皆がお見舞いに来てくれた。デュエルさんがでっけえメロンをくれたんで、皆で食った!美味かったなあ…
ニクスさんは皆が帰った後来てくれた。メロンの話をしたら俺も食いたかったって言ってたから、今度は残しておこうと思う。
8月7日
ニクスさんが頼んでおいた小説を買ってきてくれた。本屋でニクスさんが恋愛小説買ってる所なんて想像したら笑っちまうけど、本人は至って普通だからつまんなかった。罰の悪そうな顔が見れると思ったのになー、なんて。
8月9日
昨日はちょっと具合がよくなかった。
今日もあまりよくない。なんだか身体が、いたい。
(確実に鉄火が病んでいく。俺はこの日、何をしていたのだろう。)
8月11日
日記が続かなかった…ニクスさんに三日坊主と笑われた!
毎日ニクスさんがお見舞いに来てくれるから、寂しくねーけど、はやく家に帰りてえのが本音!
8月12日
入院して結構経ったなー。
まだ帰れねーのかよ…寺やりたい。今日は中学生組が来た。達磨が冥灰逆ボーダーだったとか津軽ちゃんとシアちゃんが段位認定受かったとかイロイロ話した!ますます寺やりてえー
8月14日
昨日は色んな検査をうけた。
採血の針がぶっとくて泣きそうになった。つーか、泣いた!
8月16日
世間様はお盆だとか。病院はちょっと静かになった。
ニクスさんと治ったら海にいく約束をした。今年の夏はまだ海行ってねーから楽しみ!はやく治れーっ
8月17日
孔雀さんがいらねーって言ったのに病室にふぃぎゅあ?を飾ってった。白黒のうさみみがついてるやつ。
恥ずかしいからニクスさんに見られる前に片付けようとしたけど見られた。し、死にたい…
8月19日
台風が近づいてるらしくて天気が悪い。ニクスさんがちと雨に濡れてたんで心配。風邪、ぶり返したりしなきゃいいけど。
(8月20日の日記はなかった。ニクスが死んだ日、あの日は酷い暴風雨で、あいつは、)
8月21日
うおー、雨風すげえ!
昨日からだけど、今日の夕方までこんな感じらしい。…寝よ。
8月22日
昨日も一昨日もはニクスさんがこなかった。やっぱり風邪ひいたのかな…
昨日よりはマシだけど、今日も雨がひどい。今日は来てくれるかな。
8月24日
今日もこない
8月26日
また来ない。ていうか、ニクスさんだけじゃなく誰も来てくれないっていう。んー、寂しいぞ…
8月27日
久しぶりにゲーセンの友達が来た。今日はデュエルさんと士朗さん。
どうやらニクスさんは台風の日に風邪を引いてしまったらしく、寝込んでるとか。珍しいなあ。
はやく元気になってほしい。ていうか、俺が元気になんねーとだ!
(鉄火は知らない。知らずに、生きていた。)
(まだその方が、幸せだと思ったんだ。)
9月1日
夏休みが終わったのに俺はまだ病院…あーあ、遊んでねーなぁ。
今日から点滴をうつことになった。いろいろ不便。
ニクスさんは、まだ来てくれない、心配。
9月2日
嫌な話を看護婦さんに聞いた。
こないだの台風で、バイクに乗った若い男の人が事故って亡くなったらしい。この病院の近くで。
まさか、まさか、
9月3日
ジルチさんと達磨が来てくれたのでニクスさんの話をしてみた。チキンレースで怪我、だって。そんなワケあるはずがない。あの人が怪我なんて、するわけない。
9月5日
なんで来てくれねぇんだよ。
なんでみんなそんな顔するんだよ。
9月8日
最近は慧靂がよく来てくれる。
慧靂はきっと嘘をついてる。
9月11日
身体が痛い。ここんとこよく痛む。
治ってるっていわれたのに、痛い。夜痛くて目が覚める。いたい。
9月16日
今日は士朗さんが来てくれた。
いっぱいニクスさんの話を聞かせてもらったけど、様子が明らかにおかしい。…ニクスさんはもういないんだろうか、だとしたらなんで皆は。
9月20日
点滴が増えた。
ニクスさんはこない。
(ああ、死んでいく。弱っていく。鉄火が、鉄火が。)
(そして)
(あの日。)
9月23日
今日は慧靂が手紙をくれた。
ニクスさんの手紙だって言ってたけど、本当だろうか。
ニクスさんだったら手紙なんか書かない。ニクスさんじゃない。
9月24日
手紙をサイレンさんに見てもらった。自分がニクスさんに宛てた手紙として。
文法がめちゃくちゃだと言われた。やっぱりこの手紙は
(鉄火は知っていた。)
(鉄火は分かっていた。)
(この日から日付が無くなった。)
身体が痛い。
咳が止まらない。
夢ばかり見る。
夢のなかは幸せなのに、
慧靂はきっと上手く騙せたと思ってるんだろう。そんなに痛々しい笑い顔、見たくないよ。
デュエルさんが泣いていた。
隠れて泣いていた。
泣きたいのはこっちだ。
(毎日のように書かれていたあいつの名前がばったりとなくなる。ページをめくる度に、筆圧が薄くなっていく。)
毎日毎日痛くて眠れない。
痛がっている所は見せたくない。
夢のなかの話をしたら、良くないことだと言われたけれど、俺には夢の話以外話せることがない。
他愛もない話が苦痛だ。
聞きたくないよ、そんな作り話。
痛い、
死んじまうんだろうか。
怖い
たすけて、
寂しい。
士朗さんが、全部教えてくれた。
ありがとうございました。
俺はあと半月しか生きれないらしい。
あのひとはもう居ない。
痛い
夢のなかはあったかいのに
どうしてここは冷たくて暗いんだろう
思い出せない。
どんな声だっけ
忘れたくない
慧靂が今日も来てくれた。
慧靂はまだ、治ったら遊ぼうとか、言ってくれてる。
痛いよ、つらいよ。
言えたらいいのに、いいたくない。
(ああ、ああ、)
(鉄火は、鉄火は。)
(真っ白いページが続いて、)
俺はいい友達を持ちました。
嘘つきだけど、優しくていいやつです。
ありがとう、エレキ。
大好きだ。
あと、
ごめんな。
「っ、あ、う、うわぁ、あああ、あああああ、ッあああああ!」
叫ぶ。喚く、―――慟哭。
目の前で崩れ落ちる弟を俺はただ見ていた。見ていることしか出来なかった。崩れ落ちる。キャンパスノートが腕から落ちる。髪を掻き乱して、叫ぶ。
「…お、れは、何を!兄貴、なんで、教えっ…鉄火は!あ、ああ…っ」
拾い上げる。
これは鉄火が亡くなる前日に、俺に預けてくれたノートだった。
あの日の鉄火は、痛々しくて、弱りきっていて、俺は直視することが出来なかった。
弟は最期の日も鉄火と一緒だった。看取ったのは弟だった。
「っぉ、俺が、したことは!…無駄、だったのか!結果的に、…鉄火は、俺の嘘、に、っ気付いて…!く、そぉお…て、か、ぁあああ…!」
震える弟の肩を撫でてやる。
結わえた髪が解けて、頬に掛かって、震えて。
ふいに、ノートの最後のページをめくってみる。
誰に何を言われたでもなく、何となく。
ああ、鉄火。
お前はこれを見たんだろうか。
そこにあったのは、一文。
『×××××、××。』
見慣れた、でも懐かしい文字。
もう二度と見ることができないだろう筆跡を、俺は一度指でなぞったあと、ノートを閉じた。
なあ。
おまえはどこであいつの名前を呼んでるんだ?
閉じたノートはこのままに、俺は弟を抱きしめる。
震える弟は、今までで感じたことがないくらい、ちっぽけで弱々しくて。
染み付いた線香の匂いが、嫌味な程に、鼻についた。
*****
091016 千鶴