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ウタカタ。



「…精神、肉体ともに問題無し。フィーリング値、…問題無し。はい、終わりです。」

少しだけずれた眼鏡を人差し指でつりあげ、レンズ越しの相手をみる。
たった今診察を終えたその人は、ちょうど着衣中だった。


「今回も傷一つないとは、さすがですね。」

「ったりめーだろ、俺を誰だと思ってやがる。」

「デュエル様です。」

「様つけんなっつったろ」

「ああ、ごめんなさい。デュエルさん」


カルテにいつもと同じように、異常無し。と、記入。
毎度のことながら、最前線で戦っているこの人は、全くといって負傷した試しがない。文字通り、傷一つ負った記録が残っていないのだ。
医者いらず、とはこのことだ。…戦時中だというのに。




人を生かすための医術も、人を殺すための殺人術も、術の根本にあるのは《人体の理解と知識》
病んだ人間を癒すにも、病因や治療法が分からなければならないように、人間を死に至らせるためにも知識と能力が必要なのだ。

どこをどう切れば一瞬で相手を殺めることができるか、とか。
じわりじわりと痛めつけ、心身ともに消耗させることができるか、とか。

そしてそれに似合った技術…だったり。



簡単には殺せない人間。
あっけなく死んでしまう人間。
そんな存在の、《人体の理解と知識》を説いたのは、我がご先祖さま、鉄一族。

究極の医術と、究極の殺人術を持ち合わせる…そんな鉄一族の最後の一人が、…俺、鉄火だ。


軍は、そんな俺を医者の名家の跡取りだとか、国立医大のご教授様なんかよりも役に立つ存在と評価したんだろう。
戦乱の中、一度は絶えたと言われていた【鉄一族】を発見するやいなや、保護、と銘打って俺を軍医の一人に…主に、政府の要人や将軍クラスの健康管理をさせている。


と、いうのがこの国の《現実》

《現実》というのは必ずしも《真実》と直結するわけではないということは、戦乱の世の中でなくてもよくあることで。



俺は、今この帝国が敵対している国、聖王国の軍に所属する諜報員。−…要するにスパイだ。

帝国を捨て、聖王国軍に入隊するときには予想すら出来なかっただろう真実。今俺は、祖国を敵に回し、捨てそびれた一族の皮を、さながら虎の威をかる狐のように利用しながら、スパイとして軍に潜入しているのだ。


もちろん、そのことは誰もしらない。
当然、このデュエルさんも、だ。

「お願いですから、せめてかすり傷のひとつくらいは作ってくだせぇよ。これじゃあ俺がいる意味がねーってもんだ。」

カルテと書類を纏めて、整頓されたケースの中に収納する。
俺が診察を担当する人数が少ないので、ケース自体は小さくてシンプル。個人個人の情報が事細かにデータ化されていて、鍵は俺の網膜と指紋と暗証番号である。念には念を込めすぎていてなんだが、軍にとっては機密事項なんだろうこのケースを管理しているのがスパイの俺なんだから、笑いぐさだ。


「ほーう、寂しいと?」

「そう聞こえたんなら、否定はしねぇですよ。」


オートロックの確認を終え、席を立つ。
次の検査の準備と、大方長居するであろうデュエルさんにお茶を出すためだ。


「ああ、そうだ。お前に治療してほしい箇所があってな…主に下半身なんだが」

「下のお世話は自分でしてくだせぇな。ん、妙な病気でも貰ってきたんで?」


そんなはずはない。
オールグリーンのこの人の体は、先程くまなく俺が診た所だ。


「−…残念だ」

「そらどーも。」


…と。

背中越しに会話していた相手が、俺を抱きしめた。

デュエルさんより一回り小さな俺の体はすっぽりと腕の中におさまり、頭一つ大きなデュエルさんは俺の後頭部に頬を添える。


懐かしい人肌の温もりに、少しだけ、安堵感を覚えるも、即座にその思考を掻き消した。

だって、だって。


「…ドンパチやってきた後はやっぱ」


「こうすんのが一番、生きて帰ってきたって気がすらァ。」


なにも、応えられなかった。

それは何よりです?
違う。違う。

違うくて、そうじゃなくて。


また無事に、帰ってきて下せぇよ?


様々な想いが交錯する。
俺は知っているからだ。
こういう場合に、何を口にすればいいかを、知っていた。
でも、言えなかった。言っては、いけない気がしたからだ。



帝王の駒として戦うこの人と、聖女に仕える騎士である俺。

次の戦いでこの人に銃口をむけるのは俺の味方で、この人に銃口を向けられるのは俺の仲間。もしかしたら大切な人がこの人に殺されてしまうかもしれないのだ。



上から帝国の要人暗殺の命がでれば、俺はなんの躊躇もなく毒でもなんでも盛ってやろう。

人の命を奪うことなんて、呼吸するのと同じくらい当たり前で簡単なんだから。


だから、俺は。


「…次も、勝ってくだせぇね。俺、待ってますから。」


あなたの想いを利用することしかできないのだから
せめて、あなたは俺の手で。


首筋に落とされた口づけの温もりがさめてしまわぬうちに、俺はそっと、デュエルさんの手に手を重ねて、少し、泣きそうになった。


*****

(td!の展示物でした。)

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