いつだっていつだって。(君に届かない)
カチカチカチ、とテンポ鍵盤を弾く音と、間に聞こえるうわ、とか、ぐっ、とか言う奇声。
それを見守るように見つめる優しい眼差しと、笑い声。
向こうでは息一つ乱さずにプレートを踏み、華麗に舞う人影と、感嘆のため息すら漏らすギャラリー。
もはや行きつけになった識さんのゲーセンは、今日も賑やかだ。
「くっそーっ!!なんで勝てねーんだ!!」
「実力だろ、でなおしな。」
デラの向かいにあるベンチに座る俺に向かって歩いてきた慧靂は、実に悔しそうに眉を潜めていた。
反対に、デラの前でニヤニヤ笑いながら慧靂の背中を見ているのはニクスさん。…どうやらジュース代をかけたデラ勝負を征したのはニクスさんのようだ。
「少しは手加減してやればいいのに、マジになんなよニクス。」
隣に座っていたデュエルさんが慧靂と入れ代わるように立ち上がり、デラに向かって歩き出し、ニクスさんは未だにニヤニヤ口角を吊り上げながら
「マジになんかなってねぇよ、アイツが弱いだけ。」
と、慧靂を馬鹿にした。
「うう…あそこで落とさなけりゃ…」
馬鹿にされた慧靂はというと、頭を抱えながら一人反省会を開いているらしい。
ぼーっとしていたから、二人の勝負がどんな結果だったかは知らないが、負けん気の強い慧靂がニクスさんにあんなにも馬鹿にされて、すぐに言い返すことをしないあたり、結構な差をつけられたんだろう、と、思った。
賭けデラだと途端に強くなるニクスさんが相手なら、勝てる相手は限られてくる。
慧靂のデラの腕はそんなに悪い方じゃない。俺よりは確実に強いんだけど…相手が悪かったかな。
「お疲れ、ていうかご愁傷様?」
「うるさい。」
おどけたような声色でぽん、と肩を叩けば、唇を尖らせた慧靂がこちらを睨んできて。
(こんな慧靂が、可愛いとか思ってる俺って、やっぱ、変、だよな。)
出した手を引っ込めながらふと思う。ああ、ああ。俺は。
男のくせに、男の慧靂が、親友の慧靂が、好きだ。
小さい時から恋愛小説が好きな俺は、同じ年頃の友達が好んで見そうなAVや雑誌なんかより、女の子が見るような(しかもかなりの純情な)恋愛小説が好き。
なんていうか、自分がそういう経験をしたことがないから…憧れに近い感覚があったのかもしれない。
そう、憧れてた。
ずっとずっと、信じてたんだ。
いつか自分にもこんなふうに愛して愛されて、絶対に離れたりなんかしない相手が現れる、って。
でも実際はそうじゃなくて。
(ゲーセン仲間はみんな優しいし大好きだけど、慧靂と誰かが二人で話してる所見てると嫌な気分になるし。
慧靂が他の人の話をすると、聞きたくないって思うし、自分がどんどん汚い人間になってく気がする。)
現実は、小説なんかよりずっと厳しい。
(ようやく見つけた好きな人、が、親友で、同性で。)
自分の憧れていた恋愛というものとは、何もかも違い過ぎていて。
「…でも、好きなんだよ、もう引けないくらいに。」
「ん?何が?デラ?」
「はは、そう、慧靂と同じで。」
一生懸命笑顔を作って見せれば、慧靂はデラ馬鹿、とか言いながら一緒に笑ってくれた。
ゆっくりと腰をあげ、デラに向かって歩きだす。
「バトルする?」
「俺が勝ったら寿司な!」
楽しそうに笑う慧靂の顔を見て、少しだけ、泣きたくなった。
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0508 (crow69の展示物でした。)