嘘をついてこのまま騙していて
単なる好奇心と、ちょっとした背徳感が病み付きになる。
つまみ食いというやつは、いつまでたってもやめられない。
「…なんでキスするとき目ェ閉じンの?」
「だ、だって!恥ずかしいじゃねぇですかっ!」
向かい合う、二人。
ゲーセンのトイレは狭く汚いのが定番というものだが、このゲーセンのそこは大変マメな店長の性格をそのまま現したように、綺麗で明るかった。
さすが識。
一児のパパ。
ゴーヤグルメニスト。
…最後のは関係ないか。
「恥ずかしい、なァ。…でも目ェつむってると見えなくね?口とか。」
「うぅう…。」
黙りこんで瞳を伏せたのは赤毛の少年。
名前は鉄火。歳は18。
そしてその鉄火を壁に押し付け、その反応を楽しんでいるのが俺、ニクス。ちなみに23歳。職業フリーター。現在パラサイトライフエンジョイ中。
べつに。
特別な感情があるわけでは、ない。
ただ、何も知らない純粋無垢な高校生を自分好みに仕込みあげるのもいいか、と。そう思っただけ。
だから、誘った。
愛を囁くこともなく、ただ、暇潰しの一環として。
(こんなことしてるって知れたら、あの馬鹿共がうるせぇだろうけど。)
鉄火を弟分として可愛がっている連中と、喧しい髭+α。
奴らが何も言ってこないということは、鉄火がこのことについて口外していないということ。
別に口止めしたわけではないが、誰にも言っていないあたり、コイツも後ろめたい気持ちがあるのかもしれない。
「…み、見えなくていいですもん、どーせ、ニクスさんからしてくれれば俺は目ェつむってても…」
「ほう。んじゃあお前からしろよ。キス。」
慌て始めるその顔に、『言わなきゃよかった』と書いてある。
まったくもってわかりやすい奴。
「うじゅ、ま、まぢ、で?」
「ほら、はやく。」
微笑ましいというか、馬鹿可愛いというか。分かりやすくコロコロ変わる鉄火の表情に俺の唇は自然と弧を描く。
ああ、飽きない。これはいい玩具だ、と。実感する。
玩具。
そう、玩具だ。
こいつは、今一番お気に入りの、俺の玩具。
「…っ、ニクスさんは目ェつむってくだせぇよ?」
「いやだ。」
「な、なんで!」
「いいから早くしろよ、ほら。」
身長差を埋めるように、顔を近づける。
つばが当たらないように滅多にとらない帽子を取り、脇に挟んだ。
鼻と鼻がぶつかると、鉄火は泣き出しそうな、困った顔をする。
顔中くしゃくしゃにして、下唇を噛み締めて。ようやく観念したのか、紡いだままの唇を俺の唇に押し付けた。
触れるだけの口づけ。
口づけと言えるかすらあやふやなキスに、あからさまに眉をしかめると、鉄火はもう一度、唇を寄せてきた。
熱い唇が触れる。
招くように、うっすらと唇を開くと遠慮がちに湿ったそれが入ってくる。
やりゃあできんじゃねーか。
なんて思いながら瞼を伏せる。ちょっとした悪戯心をきかせ、俺からはなんのリアクションも示さずに相手の出方を伺うと、動揺しているのだろう。少しの間唇がわなないていた。
ようやく決心したのか、おろおろと舌が動き出す。
甘い。
さっきコイツが飲んでいたコーラの味だろうか。
熱いのはお子様仕様だろう、やけに、熱い。
ゆっくりと咥内を確かめるようになぞり、制止したままの俺の舌を突く。別にこのままでもいいんだが、それでは俺がつまらないので少しだけ絡めてやる。
まあ。
悪くはない。こいつの唇は柔らかくて気持ちいい。
あとは今後の教育しだいだろう。
ゆっくりと、唇が離れる。
耳まで真っ赤にした鉄火の顔に浮かぶのは、羞恥と、恍惚と。…あとは、何だろう。
濡れた唇を指で拭いながら、ぼんやりと、考えて。
「…お前途中で目つむったろ。」
少しだけ影のあるそれを俺は見ていないふりでやり過ごすことにした。
「なんで分かったんで!?…うー。」
無表情で見つめると、鉄火はしばらく黙り込んだ。怒られているとでも、思ったのだろうか。
怒っているつもりは無いのだが、まあ、俺、無表情でいると怖いらしいしな。
思考を転換し、意識の矛先を変える。
何も見ちゃいない、俺は、何の違和感も持っていない、持ってはいけない。
鉄火が、真っすぐに俺を見上げる。
相変わらず顔は赤いけど、さっきとは少し違う表情。
「…もいっかい、いいですか?」
俺が答えるより先に、唇が触れ合って。
うっすらと開いた瞼には、どこか、悲しそうな色が写っていた。
(…やっぱり、あまい。)
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090522 箱庭
マダイエナイママの前。