Monochrome filmハ歌ワナイ
一昨日の夜から降り続いた雨はうだる暑さをも洗い流して、まだ8月だと言うのに肌寒さすら覚える。そんな、ある日の朝。
締め切られた空間のなかからでも聞こえる雨音と、蝉の鳴き声は、突然起きたその出来事とは違い、気持ち悪い程に何時も通りで。
オール明けにバイトで、帰ってくるなりシャワーすら浴びず寝てしまったのは昨日の夜。
早朝から鳴り響いたケータイの着信音に叩き起こされ、部屋から三駅向こうの病院に走ったのはついさっきのこと。
ああ、誰か。誰でもいいから、嘘だと、言ってくれ。
「猛スピードで走ってきた車が雨でスリップして…あたしを庇おうとしたアイツが、アイツが…」
いつもの勝ち気な印象なんて見る影もない、茶倉の右腕と左足首には白い包帯が巻かれていて、綺麗な頬には不格好なでかい絆創膏が貼られていた。
ベンチに座っているのに、今にも崩れ落ちてしまいそうな震えるその体を支えるよう肩を抱くサイレンも、今にも泣き出しそうな顔をしていて。
茶倉の手を握りしめ、隣に寄り添うナイアも、大きなその瞳が潤んでいるように、見えた。
狭い通路の壁に寄りかかって腕を組むユーズも、一言も話さずに視線を伏せ、その場にいた誰もが、誰一人として、アイツの名前を口にしなかった。
「…なあ、デュエルは?」
「……。」
静寂を破ったのはほかの誰でもない俺自身。
ナイフはアイツの名前。
切り裂いたのは、空気。
だって、だって。
「…なあって。サイレン、茶倉、ユーズ、お前ら昨日飲んだんだろ?」
やっぱり誰も、答えちゃくれなくて。
「アイツと。デュエル、どうしたんだよ。お前ら一緒にいたんだろ?なんで?」
「…ニクス…」
「なんでデュエル、此処にいねーの?なんで病院なんかに?なあ!!」
「ニクス!!」
半ば悲鳴にも似た叫び声は、士朗の怒鳴り声にかき消されて。
やり場のない思いが、なるせない気持ちが、どうしようもなくて。
どうしようもなく不安で、不安定で、不確定で。
「ちょっとニクス、こっち。」
士朗に腕を引かれるまま、俺はその場を後にした。
「……」
「……」
どこまでも真っ白な、生活感の感じられない通路を抜け、たどり着いたのは病院内の中庭。
やっぱりまだ、小雨は降り続いていて、夏の終わりが近いというのに、生き残った蝉共は鳴き喚いていた。
「…デュエル、意識不明の重体なんだそうだ。」
「……。」
うざいくらいに耳に入ってくる雨音と、蝉の鳴き声のボリュームがワントーン落ち、士朗の声が頭に響く。
落ち着いたトーンの士朗の声が、少しだけ震えていたのなんて、気づかなかった。
「外傷が、激しくて…おまけに、頭も強く打ったらしくてな。」
そんなことじゃ、ない。
俺が知りたいのは、知らなきゃいけないのは。
「それって、治るんだよな?」
「……」
士朗は何も答えなかった。
俺も、それ以上は何も聞けなかった。
8月の終わり。
小雨が降り止むことのない、冷えすら感じる夏の1日。
いつもと違うその1日なのに、泣き喚く蝉の声だけは未だに夏を認識させて。
蝉は一週間で死んでしまうというが、人間はどうなんだろうか。
デュエルが死んだのは、そんな夏のある日。
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0508 (crow69の展示物でした。)