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+ Baby Girl


『最後に、貴方にいじわるをしようと思います。
だって、俺は貴方と一緒にいたかったんですもん。貴方がどう願おうと、どう思おうと。俺って結構我が儘なんですよ?
今となっちゃ、貴方の気持ちは分かりません。だから、いじわるしてやる。

ずっと俺のこと忘れないでください。
ずっとずっと悲しんでください。
ずっとずっと苦しんでください。
俺を刻んでください。
俺を憎んでください。
俺を求めてください。

後悔してください。
狂ってください。

貴方は俺から逃げられない。』


ルーズリーフにシャーペンでかかれたそれは、所々赤黒く染まっていた。
ぐにゃぐにゃと波打つ紙面には、涙と、鉄くさいそれの滲んだ跡がついていて、指先でなぞるとざらざらする。




あの日から数日後のことだ。
顔を合わせる度に別れの理由を聞かせろだのと五月蝿い鉄火を、心ない言葉で一蹴し続けていた俺に、鉄火から呼び出しのメールがあった。

『明日の5時に、公園で。待ってますから、来てください。』

たったそれだけの文章。
勿論俺は行かなかった。
行ったって何も変わらない。
変わってはいけない。

そう思ったからだ。


その日の夜。
鉄火は自分の腹に、宝物だと言っていたあの包丁を刺したらしい。職人の魂だとか言って、決して人に触らせなかったあの包丁で。
深く深く刺さったそれはあいつの肌を裂き肉を切り、内臓を貫いて、そして。



俺は直接見たわけじゃない。



『あたしがいつまでたっても起きて来ない鉄火を、起こしに行ったんだ。そしたら、鉄火が。』


鉄火が自分を刺した瞬間も、血に染まった畳も、変わり果てたあいつ自身も。
全部人づてに聞いたことで。



『鉄火が握ってたんだ。…きっと、アンタ宛てだろ?』



真っ白い顔の茶倉が差し出した一枚の紙きれ。


どこにも宛名はない、幼稚な文章。



それだけが、現実で、真実だった。





(…ガキだな、本当に。)



真っ赤な頭のあいつはどんな血を流したんだろうか。
きっと綺麗な赤だったんだろう。

忘れるな。
悲しめ。
苦しめ。
刻め。
憎め。
求めろ。

後悔しろ。
狂え。


脆弱で矮小で幼稚なリクエスト。ああ、まあ聞いてやれないこともないか。


ポケットから煙草を取り出し、肺を紫煙で満たす。
一本吸っても二本吸っても、味は、しなかった。
























「―…で、これはなんだ?」

「ニクスさんへのラブレターならぬラブノベルでい!」

手渡されたルーズリーフ、枚数にして三枚。我ながらよくもまあこんなに長い文章を読み切ったものだと自分を褒めたたえると同時に、筆者である鉄火に向かって紙きれを投げる。
束縛されることのない紙きれは空中で一枚一枚と別れ、ふわふわと空中に舞った。


「…よくてポエムだろ。…むしろ脅迫文。」


鉄火が渡してきたそれは、俺と鉄火の名前を使った…というか、むしろ俺と鉄火の小説だった。
内容は、俺が鉄火を傷つけて、鉄火が自殺するという全くもって危険思考のもの。…あいつが好きな純愛ものとは酷く掛け離れた内容だ。

ついでに、完璧なるフィクションで、視点が俺と言う、最高に不愉快で不可解なシロモノだった。


「脅迫文とは心外ですね。…で、感想は?」

「…お前、自分のこと好きすぎ。」

「そりゃあまあ。ニクスさんが愛してくれてる自分自身を嫌いになんかなれっこねーってやつでい!」

「……阿保か。」


ソファに座る俺の足に纏わり付いていた鉄火が、床に落ちたルーズリーフを拾いながら笑う。…こんな風に屈託ない笑い方をするこいつのどこに、こんな思考が眠っているのかと不思議に思う。

…いや。

俺は知っている。
こいつは結構、我が儘なんだった。


「まあ、フィクションですから。実際俺フラれたら、こんなことしねぇし、きっと。」

「…きっと、かよ。」

「へい。…だって、貴方は俺から逃げられないから。だから俺は、フラれたりなんかしねーんです。」


拾い集めたルーズリーフをテーブルに置く。
屈託ない笑顔のまま、鉄火が俺の脚に跨がるように、腰をおろした。

お子様仕様の熱い掌が、俺の首に添えられて。


「…逃げようとしたら。あんたを殺して、俺も死にますね。」


いつものように、無邪気にそう言う。

なんて、幼稚な。


「……ガキ。」



脅迫染みた言葉は、確かに俺の耳に届いて。
応えるように、一回り小さな鉄火の体を抱き寄せると、確かにそこには、日向の匂いがした。




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090309

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