忍足の表情が微かに歪んだのを、私は見落とさなかった。隠すことは上手なくせに、隠し切れずに眉間がひくつく。言っておくけど私、何も悪いこと言ってない。私が黙って言葉を待つ様子を見せると、忍足はためらいがちに口を開いた。


「嫌や」


短くそれだけ言い捨てて、くいと眼鏡を押し上げる。顔は俯き加減のまま机に肘をついて、こっちをちゃんと見ようともしない。こんなのされるとこっちだってむっとする。
対抗心でもないけれど、私は忍足の机から離れて窓の桟に手を乗せた。こうすると真正面にいたさっきよりも、私がわざとむくれて見せるのが忍足によく伝わるのだ。
ちょっと距離がある方が、忍足にとっては見やすいものになるらしい。これは私が経験的に感じていることだから、なんとなくそう思うだけだけど。


「なんでダメなの」
「ちゅーかなんでいきなりそうなるん。今まで一回も言うたことなかったやんか、練習見たいとか」


原因はこれである。あんまり忍足がかっこいいかっこいいとちやほやされるものだから、大勢の女の子が騒ぐ『かっこいい忍足』とやらを一度見てみたくなったのだ。ほら、やっぱり私悪いこと言ってない!
だいたい普段からあれだけのギャラリーに囲まれて練習してるくせに私に見るななんて言ったってしょうがないだろうに。


「だってみんながかっこいいって言うんだもん」
「そんなん言うたかて嬉しないわ」
「私も見てみたいんだって。かっこいい忍足」
「俺がかっこええんはコートの中だけかいな」


そんなことは多分ない、と思う。多分とか思うとかいうのは、きっとそれは近すぎる私には見えないものだから。
まあ確かにルックスの話をするなら、友達の欲目を除いても忍足はかっこいい。おまけにあのテニス部のレギュラーときた。みんなが騒ぐのも当たり前だとは思うけれど、どうも私にはピンとこない。
だからこその好奇心だ。忍足が騒がれる理由を、自分の知らない忍足のかっこよさを、見てみたくなった。知りたくなった。
いいじゃんケチ、と腕を組み椅子に座る忍足を見下ろすと、眼鏡の隙間から忍足の目がこちらを見る。見たかと思うとすぐにまた反らしてため息。もう、なんなんだろう。


「…どうせ」
「ん?」


呟くように漏れたそれをなんとか拾って先を促す。危うく聞き逃すくらいの音量。ちゃんと拾えてよかった。


「どうせ監督のことばっかり見て俺のことは見てくれんのやろ」
「…へ?」
「絶対そうなるんわかっとるやん。せやから、それが嫌やねん」


いやいやいやいや。なんでそうなるかな。って言っても私の日頃の言動からすればそう思われるのも無理ないけど。実際部活にも滅多に顔を見せないらしい榊先生を拝めたなら、それはそれで儲け物だけど…おっと本音が。
でもさ、せっかく忍足の部活姿見に行くのに、途中でごっそり目的をすり替えたりなんかしないよ。


「えー、ちゃんと忍足見てるからさー」
「ほんまかー?」
「うん、だってそう何度も見に行けるもんでもないし」
「あー…それはそれであれやんなあ」
「いや、わかんないから」
「わからんでええ。独り言やし」


複雑そうに、それでも忍足は笑う。やっと笑う。これは忍足が折れる合図だ。知っている、無茶を言ったってたいていのことは許してくれるってこと。今日もこうやって渋って渋って、でも最後には、ええよ、って言ってくれるのだ。


「ちゃんと俺のかっこええとこ見とくんやで」
「うん。ちゃんとかっこいいとこ見せてね」
「当たり前や。南崎、跡部とか見とったら許さへんからな」
「私は、忍足を見に行くんだよ」


にぱっと笑って、これが忍足にも伝染すればいいのにと思う。だけど忍足はいつもしょうがないなあとでも言いたげに、やんわりとしか笑っちゃくれないのだ。



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