彼は滝君、と言った。岳人君に首根っこを掴まれて、とは言っても岳人君の方が大分背は小さいから不思議な体勢であるけど、とにかく岳人君に連れられて私の前に現れたのが彼であった。例のジャージを着ているところを見るに、どうやら彼もまたあのテニス部の一員らしい。


「へー、君が南崎さんかあ」
「ほら、とりあえず謝れ!」
「あの、岳人君、話が読めないんだけど…」


なんだ今日は。忍足に続いて岳人君までおかしいのか。テニス部ご乱心か。ああでも宍戸君は普通だったから、この括り方は失礼だったかな。


「ごめんね、南崎さん」


申し訳なさそうに、滝君がやわらかく眉尻を下げる。滝君と岳人君は知り合いだろうけど、私は滝君のことを何も知らない。初対面の相手にごめんなんて言われても、こっちはなんのことやらだ。もしかしたら初対面じゃなかったのかもと考えてみたけれど、思い当たる節もない。


「えっと、だから何が…」
「忍足が変なの、多分、俺のせいだから」
「多分っつーか確実に滝だよな」
「そんな大事なことなら口止めしてくれればよかったのに」
「まさか滝が言うとは思わねーもん。俺も全部話したわけでもねえしさあ。逆にそれが悪かったのもあるけど…」


滝君が困ったような微笑を浮かべる横で、岳人君が少し気まずげに唇を尖らせる。未だ事情が飲み込めないでいると、岳人君はひとつひとつ紐を解くようにこの間からの流れを説明し始めた。
私が手洗い場で岳人君と話した日に始まる、岳人君から滝君、そして滝君から忍足へと繋がる紐。それが忍足から私へと辿り着く頃には、ぐるんぐるんにもつれてしまっていたということらしい。


「あー…それで滝君を、ね」
「俺も悪かったし…」
「いいよ、岳人君も滝君も。忍足が面倒臭い性格なのは知ってたし」


むかつく、むかつく。岳人君でも滝君でもなく忍足がむかつく。なに、それ。勝手すぎるじゃん。
私が呼び出されたりとか文句言われたりとかそれが嫌だって、そんなの忍足と一緒に居られなくなるのに比べたら全然苦じゃないのに。現になんやかんやと言われるよりも、避けられてるかもと思い至ってからの方が、正直、けっこう堪える。
あー、やだなあもう。あんなので嫌いになるほど薄っぺらい好きじゃないんだよ。心配してくれたのはちょっと嬉しかったし、ぎゅっと押し付けられた体温はあんまり必死で泣きそうになった。もう、バカだ、あいつは。


「侑士は、さ。勘違いしてんだと思う」
「うん、面倒臭いもんね」
「面倒臭えからな」


きゅっと拳を握った私を岳人君が覗き込む。目が合って悪意の込もらない忍足の悪口を交わしてちょっぴり笑った。


「…岳人君、部活って今日いつ頃終わる?」


鞄を持ち直し体の向きを変えながら、こないだ忍足がやったようにあの柱にもたれかかって腕組みをする自分を想像した。なんだか可笑しい。忍足の驚く顔も同時に想像できてますます可笑しい。
聞いた時間から駅に着く時間を計算してみる。首を傾げる岳人君に、私はゆっくり笑って見せた。


「忍足に、バカって言ってやろうと思って」


じゃあ、またね。ありがとう。言い逃げみたいに後ろ手に手を振り、地面を踏んで上を向く。岳人君と滝君、どんな顔をしてるだろう。そんな事を考えて、騒ぎ始めた心臓を紛らわす。
まともな顔して言えるかな。バカ、勝手に消えるな、寂しいじゃんって。



あやとりごっこ

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