あと一週間かあ。浮かすように紡ぎだされた声がふわふわと耳を掠めていく。声を攫って流した風はまだ少し肌寒いけれど、もうどこか春の気配をはらんでいるような。 春の匂いに知らんぷりを決め込んだ俺は、空の色だけの景色を眺めながら、ぐるぐると彼女の言葉の意味を巡らせた。ぼんやりしているのはいつものことで、だけどこのいつもがたまらなく贅沢でいとおしく感じるなんて、気候のせいにして目を瞑る。 「ね、ジロー」 「んー?」 「聞いてる?」 「んー…」 わかんないよって、肩越しのきみが笑う。なんでも許してくれちゃいそうな、いつでも慰めてくれちゃいそうな、そんなふうにわらうから、俺はいつだってこの子に甘えてしまう。 「ことりちゃん」 「うん?」 「もう俺たち、卒業するんだね」 「そうだよ」 なあんだ、聞いてんじゃん。ことりちゃんはまたひとつ笑って、ジローのそういうとこ好きだなあ、と喉を震わせた。そういうとこって、どういうとこ?それは好きの意味を探るようで、今日もまた口に出せない問いかけ。 ぽかぽかの河原の土手は、寝転ぶのに都合がいい。俺は隣に座ることりちゃんのスカートに頭をくっつけて、寝たり起きたり、寝たふりをしたり。 時々髪を撫でる手のひらに、甘やかされているのだと自覚するのは容易い。だから俺は今までもきっといつまで経っても、どうしてなんて聞けないのだ。 「来年から高校生かあ…」 「んん?どうしたのジロー。センチメンタル?」 「んー、そうかも」 「大丈夫だよ、みんな持ち上がりだし。またみんなでテニスできるよ」 「ううん、そうだけど…。みんな大人になっちゃうCー」 子供のまま甘やかされていたいなんて、とんでもないわがままだ。大人になんてなりたくないと駄々をこねながら、置いていかれることに怯えている。 だって大人になったらきっと、色んなことが変わってしまう。そしたらこの甘く曖昧な関係も、許されなくなってしまうから。 「…ふふ」 「あ、笑ったなー!ことりちゃんひどーい」 「ごめんごめん。…大丈夫だよ、ジロー。心配しなくても」 ふわり。また吹いた風が若草を揺らして、くすぐったい頬にまばたきをする。見上げた先のことりちゃんの笑顔も、どこかふわふわと俺をくすぐるようだった。 「まだ子供だし」 「うん」 「急に大人になんてなれないよね」 「…うーん」 素直に頷くこともできない俺に、ことりちゃんはまたくすくす笑う。だってほら、そういうとことか、大人みたいなんだもんなあ。 だから甘えてしまうけど、時々未来を想像して、寂しい。ただもう少し大人になれるまでは、曖昧に君を好きなままでいたい。 「だってさ」 「なあに」 「もしことりちゃんに好きなひとができたら、俺、ことりちゃんのこと、好きじゃなくなんなきゃなんねえもん」 微睡んだままの視界の中で、ことりちゃんが目を見開く。それから驚きが引っ込んだ次に、さっきまでとは違う種類の微かな笑みが滲み出した。ああ、あれだ。これは、照れてるときの顔。 「…なにバカ言ってんの」 「じゃあ、好きでいていいの?」 「ばーか。……いいよ」 簡単に好きなんて言ってしまうくせに。この子は言われるとすぐこうやって照れて笑う。笑いを含んで震える声が、かわいいなあ、なんて。 「あー、ことりちゃん照れてるの?かわE〜」 「もー!ジローが急におかしなこと言うからでしょ」 「えー、おかしいことなんて言ってないCー」 笑ってとぼけて、そしたら流されてくれる。これだからジローは、なんて零した後に、降ってくるのは軽いゲンコツ。 おでこの前で捕まえたそれを握ったまま、ぐんと起きて立ち上がる。ぽかんとしていることりちゃんを見下ろしてにんまり笑うと、何かを察したらしいことりちゃんは、俺を追うように立ち上がってスカートを払った。 「帰ろ」 「はいはい。…まったく、ジローはいっつも唐突だなあ」 「そーでもないよ?」 「そんなことないよー!」 ゆらゆら揺れる影がふたつ。どさくさ紛れに繋いだままの手を子供みたいに揺らして、俺はぐんぐんと川沿いを行く。 半歩後ろ、引っ張られない程度の距離を歩くことりちゃんの気配が、なんだかとても心地好くて、顔が見えないのをいいことにずっとにこにこしてる。 だけど顔が見たくって、どんな顔してるか知りたくって、立ち止まって首だけ曲げたら、夕陽に照らされた頬がふわりと視界を彩った。 ああ、そうだ。この心地好さに名前をつけることも、この子に抱く感情を種類分けすることもいらない。だってこうしてるときの顔、すごく好きだって、ただそれだけなんだから。 ぼくのいとしいはにかみや . |