彼女の名前はことり。そして、彼の名前は亮。ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通のお付き合いをしていました。でも、ただひとつ違っていたのは……彼女は電波ちゃんだったのです!


「…っちゅーナレーションが入ってもおかしないレベルやで」
「なんだよそれ」
「えー、宍戸、奥さまは魔女知らないの〜?」
「や、宍戸はそーゆー意味で聞いたんじゃねーだろ」


気怠い四時間目の退屈に紛れて、今朝の会話を思い出す。朝練後の下らねえ雑談。
そういや今朝は珍しくジローが朝練出てたな。雨でも降らなきゃいいが、と首を傾けて金の天パを探す。一番前の席で堂々と眠り続ける背中を見るに、どうやら雨の心配もなさそうだ。

忍足の言った亮ってのはつまり俺で、ことりってのは隣のクラスの女子。つーか、その、俺がすげー大事にしてる、やつ。
そういや宍戸んとこの電波ちゃん元気なん?と、にやにやしながら俺を覗き込んだ忍足に首を傾げたら冒頭の台詞だ。
確かにあいつはなにかと普通じゃないし、やることなすこと規格外だったり予想外だったりと忙しい。だからちょっとばかし有名で、巷では「不思議ちゃん」とか「電波ちゃん」とか呼ばれているらしい。
まあ、俺もそこは否定できない。ぶっちゃけ変な奴だって言っても過言じゃないくらい、あいつはどこかズレている。


「ん?」


机の中でちらつく光に目をやる。新着メール一件。教師の目を盗んで携帯を開けば、受信ボックスに鳥崎ことりの名前。
『屋上、すごくいい天気だよ!』
屋上だろうとどこだろうと少なくとも校内はどこでも同じ天気だろうとまずひとつめ。それから授業はどうしたとふたつめ。心の中で突っ込んだ後、返信画面へと移行する。
昼にはそっち行く、それだけ打って送信完了の文字を確認し、携帯を閉じる。窓の外では真っ青な空を背景に、緑の木々がさらさらと揺れては太陽の光を跳ね返していた。
ちらりと時計へ視線をやると、終業チャイムまであと15分。退屈で退屈で、あんまり針が進まないものだから、あの時計壊れてんじゃないかと思う。まあ多分、さっきのメールのせいで更に時計の進みは遅くなってしまったのだろうけど。





チャイムが授業の終わりを告げて、ようやく解放された俺はまっすぐ屋上への階段を上る。ぱたぱた靴の音を響かせて、最後の踊り場からは一段飛ばしで駆け上がった。


「あ、亮くーん!」


銀色のドアノブを回せば飛んでくる聞き慣れた声。サボりのくせにあっけらかんとしているのだから、授業中に呑み込んだ溜め息が零れそうになる。
ちゃらんぽらんなようだけどサボり常習ってわけではなくて、だけど時々何の前触れもなくサボったりする。例えば今日みたいに、いい天気だからとか、そんな理由で。


「サボってんじゃねーよ」
「へへ」
「…ほら」


悪戯が見つかった子犬みたいに笑う。ぺたんと座り込んだままのことりに呆れながら、俺は購買のビニール袋をぷらぷらと揺らして見せた。


「なにー?」
「お前の好きなやつ」
「やった!」


不思議ちゃんと呼ばれるこいつの好物はあんパンで、なんでそこだけ普通なのか、そういうところも不思議ちゃんたる所以なのかもしれない。
でも前に粒でもこしでも白でもウグイスでもあんパンならすべて愛せる!と尋常じゃない熱意で語っていたのを見るに、やっぱりちょっと人とは違うよなあと思う。
カサカサと白い袋からあんパンを取り出しながら俺の手を引くことりは、ここだけ見れば至って普通の女子なのに。それこそ忍足が言ったように、ごく普通の。


「…そういやお前、なんでメールなんて寄越したんだよ」
「だって、いい天気だったから」


口籠もるようにそれだけ言って、ことりは小さくはにかんだ。なんだろう。何か言いたげだけど、言えないようなもどかしさ。
こっちにまでそのもどかしさがうつってしまって、俺は軽くことりを促した。


「あのね」
「おう」
「…会いたかったの!」
「おう。……はあ?」


一度は流れのままに相槌を打ったものの、やっぱり意味がわからなくて疑問符が出る。なにが?会いたかった?天気がよくてか?


「なんかあったのか?」
「ううん、何もない」
「じゃあなんなんだよ」
「なんにもないけど、会いたかった!」


にっこり笑顔をこちらへ向ける。少し赤らんだ頬の熱までうつりそうで、俺は恥ずかし紛れにことりの額を軽く小突いた。
亮くん顔赤い、と笑うこいつは、自分の顔がどうなってるかなんて自覚しちゃいないんだろう。
なにバカ言ってんだよ、と笑い飛ばして弁当を広げる。あんパンをもぐもぐするその向こうに見える校舎の壁の時計は、いつの間にかすっかり針の位置を変えていた。
あんなに長かった授業中の15分とはえらい違いだ。授業中にはさっさと進んで、こいつといるときだけゆっくり進む。そんな時計があればいいのにと、無茶なことを思ってしまうのは誰にも秘密に違いない。



電波的な彼女
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