けん、けん、ぱ、って昔小学校でやったみたいに歩道を踏んだ。頭の真ん中から、耳の奥から、土踏まずから流れ出すリズムは、今の季節はもう聞かれなくなったあの応援の声。 わざと高らかに靴を鳴らしてトントン跳ねて、ワンフレーズ奏でてから隣を見上げた。笑いも呆れも訝しみもせず少し不思議そうにしているだけの顔は、予想通りでなんだか笑えてしまう。 「ね、真田。当ててみて」 「む、何だ」 「これ、何かわかる?」 じょー、しょー、りっ、かい、だい。立ち止まった真田を置いて、また私は地面を蹴る。けんけんぱ、で振り向いたら、真田はぱたりと瞬きをして薄く唇を開いた。あ、わかるんだ。やっぱりなあ。 「応援団の、か」 「ピンポーン!」 今の真田はぶら下げたタオルの代わりにマフラーを首に巻いていて、あの黒い帽子も被ってなくて。時計の針が指す角度は同じでも、冬の夕暮れは随分早い。 もうすぐ藍色に溶けてしまいそうな中に白い息を浮かべて、笑う私に真田はわけがわからんとでも言いそうに眉を下げた。でも下らないことするなって切り捨てたりしないの、わかって私はあんまり笑わない真田の隣でいつも笑う。 困らせるのも嫌いじゃないし、真剣な顔は文句なくかっこいい。だけどほんとはもっと笑ってほしいこと、真田には内緒。だから私はここにいていっぱい笑って、つられてくれないかなって目を光らせている。 「どうしたんだ、急に」 「うーん。もうね、冬が明けたら三年生だなあって」 「うむ」 「そしたら、さ。また夏がくるね」 一年の頃からものすごく強くて、常勝の旗に見合った活躍で幸村や柳と一緒に部を引っ張ってた。だから自分達が主軸になる夏なんて、真田にとっては今更なのかもしれない。 でも常勝の響くあの緊張感と高揚感に満ちたコートで、先輩がいなくなったとき、私は何ができるかな。 いつだって真っ直ぐ挑む背中が、また視界の真ん中を占める季節が巡ってくる。 夏の盛りのテニスコートで、今年もウルトラレアに笑む真田が見たい。それから私はそのときも、真田の隣でバカみたいに笑ってたいよ。 できるかなって、それが不要な心配だってことぐらい理解している。この背中は絶対負けない。わかっていても時々心配になる。きっと真田はこんな心配、許してくれはしないけれど。 「…常勝、かあ」 「どうした」 「今年はどこも強いだろうなあ」 差し掛かった小さな橋の上、足を止めて手すりに両腕を乗せた。体重をかけて覗き込んだコンクリートに固められた川は、暗い流れに時折光をうねらせて流れていく。 何のアクションもないから不安になって、ぐんと首を上げて真田を見る。じっと立つ真田を見つめていたら、何かを察したらしい真田は黙って私の横に並んだ。 私と同じように橋にもたれて川を覗く。私達はただそうやって暫く時間を浪費して、そこには会話も独り言のひとつさえなく、凍った呼吸が宙に浮くばかりだった。 「今年も優勝、だよね?」 「当然だ」 「うん…。真田が言うなら、きっとそうだね」 その返答はどちらかというと、自分に言い聞かせるための言葉だった。 真田は強いから、負けないから。勝って勝って勝って、優勝するんだから。 そっと手摺りに乗せられた隣の手を見る。長袖の端からあらわになる手は、力強く逞しい。 真田には心配なんてきっとないんだ。それは良いことのはずなのに、私は小さく胸の奥が軋むのを感じた。心配させてもらえないのは、少しだけ寂しい。 「真田」 さっきから私が呼んでばっかりだ。会話のスタートが自分ばかりになっているのを感じて嫌気がさす。 気をつかわせてしまっているのか。それも嫌だけど、私に興味がないのかもなんて考えるのはもっと嫌だ。 私は真田の隣がいいけど、真田は私なんかいなくたって強くいられる。届かなくなってしまいそうなくらい強い真田が、私は寂しかった。 「鳥崎。…そんな顔をするな」 「えっ」 「俺達は負けん。必ずや、立海を優勝へ導いてみせる」 「う、ん」 「鳥崎」 「は、はい!」 「お前も…一緒に来てくれるな?」 びっくりして見上げたそこでは、真田がこちらを見下ろして笑っていた。まっすぐ、しかし優しく向けられた視線が私の瞳を貫いて、びくりと肩が跳ねそうになる。 どうしたものかと困ったように、でもどこか嬉しそうに見えるのは、私の目が寒さでおかしくなっちゃったからかな。どうやら頭もフリーズしてしまったみたいで、返事も忘れて私は白い呼吸を繰り返すばかりだ。 「お前は今までずっと俺達を支えてきただろう」 「うん」 「だから、お前には俺達を案ずる権利がある」 「真田…」 「だが…お前はそんな顔をしているより、笑っている方がいい。皆、そう思っているはずだ」 反射的に手で口元を隠した。もう、なんたってこんなまっすぐすぎる言葉で私を喜ばせるんだろう。不器用なんて言い訳だって、今は役に立たないよ。 思い付いた照れ隠しの意地悪。意地悪だって、真田には伝わってくれるかな。 「…真田。真田も、そう思ってくれてる?」 「無論だ」 案の定伝わらない。本当はそんなの、聞かなくてもわかってたのに。 いつもまっすぐで不器用で、だけど強くて頼りになって、いつも応援していたくなる。 「俺はまださっきの答えを聞いていないぞ」 「さっき?」 「全国制覇へ」 「無論、付いていきます!」 じょー、しょー、りっ、かい、だい。手摺りから離れてもう一回さっきのステップを繰り返す。爪先立ちでくるりと体の向きを変えると、やっぱり真田は眉を下げて私を見ていた。 白く暖かい息が浮かんで消える。きっと皆が、真田がいいって言ってくれる顔、できてる。ゆっくり頷いた真田にそれを確信して、歩きだした真田の真横に並んだ。 まっすぐすぎるのは時々照れるけれど、真田の横ならこのまままっすぐ、夏の真ん中の優勝旗まで行けてしまいそうな、そんな気がした。 靴底でワルツ . |