真選組は便利屋じゃないぞってさっきまで一緒に悪態吐いたりしてたのに、この人は急に何を言いだすんだろう。松平のとっつぁんの親戚の娘だかなんだか、婚姻の式をやるというので警備に駆り出され一仕事終えた後。山崎さんのお部屋にお酒と一緒にお邪魔して、小規模お疲れ会と洒落込んでたのに急に真面目な顔されるから困る。
山崎さんってこんな酔い方しないよね?思い返しても酔っ払ってるの見たことないのはさすが監察というべきか。
監察から担ぎ出されたのは私と山崎さんの二人だけで、つまりここには誰も茶々を入れてくれる人がいないからますます困る。


「君はこんなところにいるべきじゃない」


酔ってるんですか?なんて聞ける雰囲気じゃないから、私は黙って冷酒のグラスに口をつける。自分が酔ってしまう方がいっそ手っ取り早そうだ。


「なにを言いだすんですか、山崎さん」
「君も女の子なんだから、こんな危険な仕事はやめた方がいい」
「いまさらですね」
「今からでも遅くないよ。幸いまだ大した傷は付いていないみたいだし」
「もう、ひとを人形みたいに」
「腕がとれたり腹に穴が空いたりしたら、人形だって使い物にならないだろ」


真剣な表情で、真剣な声を出して。山崎さんの眼光は、仕事のときとはまた違う、しかしあまりに鋭く私を刺してくる。
人形にしたって例えがあまりに痛々しいし、実際こんな仕事に就いているんじゃ洒落にならないのだから返す言葉もない。だから私はこれ以上ふざけたふりで受け流すこともできなくて、ただ困り果ててしまうしかなかった。
式典になんか行くんじゃなかった。誰かに擦り付けて逃げちゃえばよかった。だってあんな、最高に幸せそうで一番きれいな瞬間を間近で見せられたんじゃ、こんなどうしようもない考えが浮かんできたって仕方ないんだから。

真選組に女がいるのは珍しく、また歳も私の方が少し下だからだろう。山崎さんにはなにかと気に掛けて頂いたりと、随分可愛がってもらっている。だけどこの仕事から足を洗えなんて、そんなこと言われたってどうしようもないんですよ。
それはきっと山崎さんもわかっていて、だから私にそう強い意思を持ってほしいのだろう。そうすれば上に掛け合いいっそ自分が罰せられても、私を逃がしてくれるだろうから。生憎私がその意思を持つことはないから、憶測は憶測のままでしかないのだけど。


「君も幸せになるべきだよ」
「幸せですよ。近藤さんが褒めてくれて土方さんが叱ってくれて、沖田さんの悪ふざけも面白い。それに、山崎さんも優しいし」
「そうじゃないだろ。もっと普通に、普通の女の子になったっていいはずだ」
「幸せって、普通ってなんです。今日は難しいことを言うんですね」
「難しくなんかないさ。君は愛嬌があるし、頭もいい。優しい男とめおとになるといいさ。きれいな錦も似合うだろう、真っ黒な隊服よりもね」
「夢物語は眠ってる間だけで充分です。それとも哲学でも始めますか?」
「俺は今日、本気でそう思ったんだけど。…哲学か。だとしたらどうだろうね」
「言葉じゃお腹は膨れませんよ。それに私は刀一本で食ってく方が性に合ってます」


そんな悲しい顔をしないでほしい。山崎さんが悲しそうにすると私も悲しい。そう思う程度には、私は山崎さんのことが好きだ。
だから余所の娘さんの結婚式なんかに感化されないでほしかった。そんなふうに幸せになるなんて、私にできないのはわかっているくせに。


「じゃあこの先も人斬りとしてお腹を満たすかい?」
「少なくとも哲学よりは財布も膨れるでしょうね」
「参ったな」


山崎さんは頭を掻いて、やっと私から外した視線をグラスへ向けた。一呼吸おいてからそこに冷酒を注ぐとまたため息。酌をしてため息なんて吐かれたんじゃ世話もない。


「こんなに気立てのいい子がねえ…」
「山崎さん、おじいちゃんみたいになってます」
「もったいないよ、ほんと。さっさとお嫁に貰われていっちゃえばいいのに」
「私のお酌じゃ足りないと?」
「いや、それだけは残念だな」
「だったらこれでいいじゃないですか」


そうやって丸く収めていたい。たとえ私が余所になんて行けない理由が、それだけじゃないとしても。
監察なんてやってる人間は色々と知りすぎているし、それに、女にしかできない仕事もある。それが私が女ながらにここに置いてもらえている理由のひとつだと、誰も言う人はいないけれど、私はそう理解している。
私もそれなりに戦えはするけが、やはり重たい刀を振るえば男女に備わった腕力の違いは現れる。なのに真選組に、それも監察なんて特殊な任務を与えられ存在していられるということは、つまり女装の山崎さんじゃ勤まらない仕事を私がするってこと。
危ない場所に潜り込んだのだって、一度や二度じゃないのだ。体に傷が付いていなくたって、ここから出してもらえない程度には、私はこの黒に身を染めてしまっている。

私が顔を俯けたのをどう解釈したのか、山崎さんは黙ったまま、指の先だけでさらさらと私の髪を梳いた。愛しみを感じる手付きはただ優しい。我が子にするそれか、まさか恋人にするそれか、私にはわからないままだけれど。


「…そんなに言うなら、山崎さんがお嫁に貰ってくれたらいいのに」


俯いたまま、聞こえるか聞こえないか、でも確実に届くであろう声で呟く。困らせるのは承知だった。だって山崎さんがあんまり優しいからいけない。
私が底の底まで静めて隠して、そうしていなくちゃ駄目だって蓋をしているきれいなものも、山崎さんは引きずり出してしまうのだから。意地を張っていたいのに、それをさせないのは山崎さんだ。


「…それ、言うだけの覚悟はあるの?」


思いの外真剣な声に急かされて、板の間の床ばかり眺めていた顔を上げた。こういうときは困ったなあって顔をして、何も言わずに笑っていればいいのに。
私の前の山崎さんはあんまり真面目であんまり優しい。仕事をしている時とは別人物のようだなんて思考をずらして視線を躱そうとする。


「…ねえ山崎さん、満月ですよ」
「誤魔化すならもう少し上手くやりなよ。俺が何の理由もなしに女の子を部屋に呼んでお酒を飲むと思うの?」
「下心ですか?」
「どうだと思う?」
「困った質問ですね」
「じゃあ、君の希望的観測でかまわないよ」
「あんまり部下を困らせないで下さい」


単独任務も多い監察、上司部下なんて普段あまり意識しない言葉を引っ張り出して横たえる。その意図を見越せないほど山崎さんが疎くないのはわかっていて、見越して踏み込むほど優しくないわけじゃないこともわかっていて、だけどやっと浮かんだ私の望む困り顔の笑みにひどく安堵した。


「腕がとれたりお腹に穴が空いたりして、誰にも貰ってもらえなくなったときには考えてあげます」
「こらこら、物騒なこと言わない。これでも心配してるんだからね」
「わかってますよ。山崎さんが悲しみますもん」
「そうだね」


真面目で優しくて鋭くて聡くて、そんな山崎さんが私を心配してくれる。私のお酌がなくなるのを惜しんでくれる。今の私にはそれだけでいい。グラスに落ちる満月を、持ち上げて喉に流し込んだ。


「…月が綺麗ですね」


学のない田舎侍だった私でも、これくらいは知っている。私が知っているならば、山崎さんにもわかるだろう。
好きとかわざわざ言うには緩やかすぎて、愛なんて言えば堅苦しくて。まん丸な月に隠してしまって、お酒と一緒にお腹に入れておくのが丁度いい。

うん、って頷く山崎さんをこうこうとした月明かりが照らしていて、思わずほろ酔いの目蓋を閉じたら、また髪を指が滑る感覚。
お嫁になんて行ってやらない。ここが好きだし、普通の幸せなお嫁さんになれっこないのもわかっている。
それからもう一つ、理由を付け加えてもいいだろうか。山崎さんにお酌をする女なんて、私ぐらいしかいなくていいってこと。



真夜中の繭
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