白い。彼が視界に入るたびに、思うことはそれだった。
不思議な色をした髪の毛、テニス部とは思えない色をした肌、袖口が覗くカッターシャツ、それからついでに名前まで。
春、クラス替えでたまたま同じクラスになって目についた彼は、学ランの黒とのコントラストが映えてただ美しかった。それが、きっかけ。


「鳥崎さん」


うとうとしていた。梅雨明けとはいえ夕方の空気はまだ夏には及ばなくて、私を眠りへと引き摺り込んでしまったのだ。
自分を呼ぶ声に反応して、書きかけを枕にしてしまった日直日誌からぼんやりと顔を上げる。そこにはもう季節柄学ランを脱いではいたけれど、相変わらず白い白石君が私を見下ろして笑っていた。


「寝とったん?」
「ん、うーん…」
「はは、寝呆けとるなあ」
「ううん、日誌書いてたの」


つらつらと繋ぐ会話の向こうで、ぼんやりと受け答えになってないなあと自覚はしている。それでも白石君は突っ込むこともせず、ただそうかと頷いた。
夕陽を跳ね返すやわらかな白。眩しさとまどろみとで目を細めると、白石君はまた小さく笑ってそっと体の向きを変えた。
朱色に照らされた白石君の背中に日差しが遮られて、私の上に影が落ちる。それさえ私には眩しくてたまらないというのに。


「書けたん?」
「ん?」
「日誌。できとるんやったら、職員室行くやろ?俺もオサムちゃんとこ行くから、一緒行かん?」


一瞬ぽかんとしてしまって何度か瞬きを挟んだ後、私はまるで自然なことのようにじんわりと頷いた。そうさせる力が、でも力というには優しすぎる何かが、白石君にはあるのだと思う。





少し汗ばむくらいの晴天。広がる校庭はキラキラ輝いて、木陰で見ているだけで気持ちいい。なのに私の隣で木の幹にもたれかかる彼は、つまらなそうにもう何度目かわからないため息を吐いた。


「あー…」
「謙也君ため息ばっかだね」
「そらなあ、こんなええ天気やのに…」


なんで体育見学せなあかんねん。忌々しげに謙也君が見下ろす脚の先では、足首に巻かれた包帯がズボンの裾からはみ出している。
足をひねったらしいと聞いたのは今朝のこと。しかも部活中の事故なんかじゃなく、帰り道で犬に追いかけられて転んだなんていうギャグみたいな話なんだから、謙也君らしいというかなんというか。


「平気や言うとんのに、白石は神経質すぎなんや」
「早く治してほしいんだよ。謙也君が抜けてたらテニス部一人欠けちゃうわけだし」
「そらそうやけど…」
「すぐ治るよ。大人しくしてれば、だけど」


いつもなにかしらバタバタ動き回っている回遊魚みたいな謙也君には、昨日風邪で休んでいた私にとってはラッキーでしかない体育休みも、苦痛以外のなんでもないらしい。むくれる横顔に笑うのを我慢していたら、謙也君は少し何かを考えてからくるりと視線をこちらに向けた。


「…白石みたいなこと言うなあ、鳥崎は」
「そうなの?」
「うん、今朝あいつにも言われてん。大人しくしとったらなって」
「誰でも言いそうなことだけど」
「でもなあ、なんか感じが似とる気がする」


そうかなあ。そんなことないけどなあ。私はゆったり首を傾げ、謙也君から視線を逸らした。
自然と捕えたグラウンドの中の、プラチナブロンドに輝く人。細いけれどしっかりしているのがここからでもわかる手足、美しいバランス。それから、ハイタッチするときの溢れんばかりの眩しさ。彼が持つのは私にないものばかりだ。


「似てないよ、私。白石君みたいに優しくないし」
「優しいん?」
「うん。昨日もメールくれたし」
「俺かてメールしたやん」
「でも、謙也君とは結構話すし、時々メールもするけど…。そうじゃないのに気に掛けてくれるのは、優しいからかなって」
「ふーん…」


興味があるのかないのか、それともさすがの謙也君もこの陽気のせいで眠いのか、ぼやけた返事をひとつして、謙也君は口を閉じてしまった。すると自動的に私もすることがなくなって、私の視線はまた白石君を追いかけ始める。
キラキラと日差しを纏うように駆ける白石君。白いなあと頭を過って、自分の中の白石君の印象が、はじめからなにも変わっていないことに気が付いた。思った通りだったのか、それとも関わりが少ないせいで変わりようもなかったのか。


「…なあ鳥崎。鳥崎は優しいやつ、好きか?」
「なあに、急に」


その問いは一瞬独り言かと思うくらいに唐突で、私はぐるぐると言葉を探して思考を巡らせる。優しいやつ、優しいひと。考えるのは、不思議と迷いなくただ一人のことだった。


「…うん。好き、かな」
「…」
「自分のこと、気に掛けてもらえたら嬉しいよね」
「…ふーん」


返ってきたのはまた生返事。自分が言い出したことなのに、謙也君は投げっぱなしでぼんやりとしているばかりである。元々どうでもいい話題だったのかもしれない。
私もぼんやりとグラウンドを映し、日差しの誘うままにまどろむ。優しくて美しい、遠くの白が眩しかった。





先に仲良くなったのは謙也君だった。先に意識の中に入ってきていたのは白石君だったけれど、彼はただただ眩しくて、友達になるなんて思いもしなかったのだ。仲良しの謙也君を通して普通に話せる仲になったのだから、謙也君には感謝すべきかもしれない。
廊下に出ていた私が教室に戻るやいなや、目に飛び込んだ私を手招く姿。吸い寄せられるように近寄ると、白石君は一枚の紙を差し出した。


「鳥崎さん。はい、これ」
「…あ、こないだの小テスト」
「うちのクラス返しとってって、先生に頼まれてん」
「手伝おっか?」
「や、ええよ。これで最後やから」


そっか。軽く相槌を打って渡されたプリントへと視線を落とす。
成績は言わば中の中。小テストもいつもならせいぜい70点くらいをつけられて返ってくるのだけど、今白石君が手渡してくれたこれは、鮮やかな100を乗せている。息を呑んで、嬉しくて、私は急いで白石君へと視線を戻した。


「…満点!」
「鳥崎さん頑張ったもんなあ」
「白石君が教えてくれたからだよ」


すぐ返ってくる否定は予想済み。だから私は用意してあった曖昧な笑みでそれに応える。
実はこの100点だって予想できてた。だって白石君と勉強したら、そりゃあ満点だってとれちゃうよ。
ありがとうって笑ったら、白石君がはにかんで照れ隠しみたいに髪を触る。あ、眩しい。
白石君は遠い人だった頃からとても輝いて見えるのに、こんなに近いとどうしていいかわからなくなる。だから私は穴でも開けてしまいそうなくらいに100点の小テストを眺めるのに一生懸命になってしまって、そうこうしている内にチャイムが聞こえて白石君は自分の席へと帰っていった。
私も大人しく椅子に座って、もう一度プリントを広げてみる。両端がへにゃへにゃになってしまったのと、なんだか顔が熱い気がするのは、白石君が太陽みたいに暖かくて眩しいからだ。





遠くにいたら目で追ってしまって、近くにいるときは見ていられない。ややこしいけど単純で、だけどやっぱり難しい。
私にとって白石君は既に眺めるだけの白い人ではなくなっていて、話し掛けてもらえると嬉しいけど、なかなか上手く話せない。
白石君は知れば知るほど優しくてなんでもできて、だから緊張しているのかな。下手くそな言い訳を探してばかり。だって、もう憧れと言うには眩しすぎるとわかっているから。
好きなん?なんて無邪気に聞いてくるたび実はどっきりしてるなんて、きっと謙也君は知らない。


「おー、鳥崎」
「あ。謙也君、白石君」
「いま帰りか?珍しいなあ」
「委員会の当番、掃除用具の点検してたの」
「お疲れさんやなあ」


自然と合流して歩きだす。二人は部活が終わったところらしく、謙也君は手に星をちりばめたタオルをぶら下げていた。


「白石君と謙也君も、部活お疲れさま」
「おー、おおきに」
「…」
「…白石君?」
「あ、ああ。ありがとうな」
「んん?白石どないしてん」


考え事でもしていたかのような白石君を前に、謙也君と二人で顔を見合わせて首を傾げた。言いにくそうに口籠もる白石君はなんだか白石君らしくなくて申し訳ない気持ちになる。きっと謙也君になら何だって言えるのに、私が混ざっちゃったからかなあ。


「…なあ鳥崎さん」
「ん…?へ?私?」
「うん。あのな、…なんで謙也だけ名前で呼ぶん?」
「なんでって…みんなそう呼んでるから、かな?」
「ふーん…。でな、よかったらでええんやけど、俺もそろそろ名前で呼んでもろてもええかなあと思て」


てっきり謙也君に言いたいことがあるんだと思っていた私は、突然の名指し、そして突然の要望にびっくりして、目も口も丸く開いて足も止めてしまう。ふっと視界に入った謙也君がにやにや笑っているので我に返って、私はとりあえず再び足を動かすことにした。
ゆっくり、ゆっくり、アスファルトを踏みながら口に出すのはシンプルな言葉。嬉しいとかありがとうとか、付け加えたらきっとごちゃごちゃになってしまうから一言だけ。いいよ。


「ほんま?」
「うん」
「ありがとう」


はにかむ。それさえ白くキラキラとして、私の心まで溢れそうに輝くのを感じた。これだって白石君らしくはない。だけどさっきのとは違ってこういう顔する白石君もいいなって、見せてもらえる場所にいられて嬉しいって、思う。
白石君の背中の後ろで、急かすように謙也君が口角を上げる。言いたいことがもう一つあるって、わかってるんだ。


「…私も、名前呼んでほしいな」


そんな間の抜けた顔なんてしたら、さっきの私といい勝負になっちゃうよ。慌てているのが隠し切れてなくて、それでもすぐに頷いてくれる、蔵ノ介君が好きだ。ああ、頭の中で呼ぶだけで顔が赤くなってしまいそう。
もしも気紛れでも嬉しいと思っていた。蔵ノ介君が私に見えない反対側の手でガッツポーズを作っていたことを、謙也君が蔵ノ介君をからかうネタにするまで私は知らなかったから。
自惚れちゃっていいのかなんて、私が幸せな悩みに頭を抱え始めるのは、数日経った後のことだ。



眩惑
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