かっこつけたくてヨーロピアンって並べたカタカナが運んできたグラスの中身。なみなみと注がれたアイスコーヒーにストローを差し入れ、一口飲み込んでこっそり眉をしかめた。苦い。だけどシロップもクリームも入れてあげない。
同時に運ばれてきた隣のグラスに揺れるのは、私のコーヒーと正反対のやさしいミルキーピンク。それを掻き回すストローに添えられた指は、やわらかいピンクの爪に彩られている。


「…お前、コーヒー飲めたのかよ」
「…いま頑張ってるとこです」
「苦いって顔に書いてんぞ」
「そりゃあ…コーヒーですから苦いですよ」


涼しい顔、できてない。最初の一口で苦味に負けた私がカラカラと氷を鳴らすと、隣で丸井先輩が呆れたみたいに首を傾げた。
ほんとは苦いのより甘いのがいいし、こんな私には透き通った茶色より濁ったピンクがお似合いだ。だけど背伸びをしていたくて、でも無理に背伸びしてしようとする自分が嫌で、それでも無理をしてしまう自分が嫌いになりそうだ。
カウンターが面したガラス窓の向こう側を、たくさんの人が通り過ぎていく。どのカップルも同じ歩幅、同じ場所を歩いているように見えて、私だけ丸井先輩に追い付けずにちぐはぐなんじゃないかと思う。
いくら苦いコーヒーを飲み込んでみても、丸井先輩は私よりうんと上にいるんだから。


「ったく…じゃあなんでそんなもん頼んだんだよ。お前、甘い方が好きだろ?」


言うが早いかグラスがするりとカウンターの上を滑り、私の前からコーヒーのグラスが攫われて、代わりにいちごミルクが置かれる。ひとつ瞬きを挟んで丸井先輩を見上げると、丸井先輩はアイスコーヒーにとろとろとシロップを注ぎながら小さく笑った。
何も言えずにいちごミルクへと視線を戻す。からんからんとグラスを掻き回す音が止まった後、丸井先輩は私の頭の上でぽんぽんと手のひらを弾ませた。
また失敗。私はいつでも丸井先輩に追い付けない。私を撫でるこの手のひらはいつも優しく、けれどその優しさや甘さに、私と丸井先輩の間の距離を感じてしまう。
悔しくて悲しくて不安で、私なんかが彼女でいいのかなって、だから無理して似合いもしない背伸びなんかしてしまうのだ。


「…先輩、笑わないでくださいね」
「ん、どうした?」
「子供扱いするの、やめてください」


勇気を振り絞って言った言葉は、ぱかんと丸井先輩の口を開けただけに終わった。笑われるかと思ってたけどそうじゃない。代わりに赤色の頭にハテナマークがくっついてるのが見えるようだ。
なんだか気まずいし恥ずかしい。こんなんならまだ笑われた方がましだった。


「…ことり」
「は…、い?」
「滅多なこと言うもんじゃねえっての。なに考えてんだか知らねーけど」


覗き込まれた瞳が近くて、睫毛が擦れ合いそうな距離に心臓が跳ねた。逃げられないまま捕まえられて、頬に触れた指に反射的に目を瞑ると、唇に触れる苦い熱。
何度目かにようやく離れた気配に瞼を上げると、私と目が合った丸井先輩がにんまりと笑みを浮かべた。そこでやっと我に返って急いで窓越しに外を見回す。
なに考えてんだかわかんないのは丸井先輩の方だ。だってこんな、人目の多いところでそんなのって。


「な、…丸井せんぱ……!」
「大人扱い、してやろうか?」
「…!」


言い返す言葉もなくただ目を見開く私に、丸井先輩がにやりと笑う。もう一度伸びてきた手にまた目を瞑ると、今度はゆるりと唇を縁取られる感覚。恐る恐る目を開けると、丸井先輩は空中でなにかをなぞるように人差し指を揺らして見せた。


「バーカ。お前はいちごミルク飲んでるくらいが丁度いいんだよ」
「う…」
「返事は?」
「…はい」


疑問系なんていらないって気付いてる顔。だって選択肢なんて元々ないんだから。こうなっては些細な抵抗さえできなくなってしまう。
私はさっき丸井先輩が取り替えたグラスを手前に引き寄せ、たゆたうピンクを舌に乗せた。甘くてやさしくやわらかい。
やっぱりこっちの方を美味しく感じる私の舌は、結局まだ子供のままだ。でもそれは不意討ちの指先よりも、やわらかく頭を撫でてくれる手のひらに溶かされそうに安心するのと同じことなのかもしれない。そう思って喉に落としたいちごミルクが舌の上に残した甘さを、短い息と一緒に吐き出した。


「…あ」
「へっ?」
「それ、間接ちゅー」


顔真っ赤って丸井先輩がケラケラ笑う。慌てて頬に当てた手のひらが熱い。やっぱり、まだまだ丸井先輩には適いそうにない。



ベリーベリー
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