さみしい、って一言言えば、優しく優しく甘やかしてくれる。きっとそうしてくれるだろうって甘えもあって、そう言ってほしいって願望もあって、だから私はまた幸村君に短いメールを打つ。今、なにしてる?


「幸村くーん」


寒い寒いとコートのポケットから出した両手を擦り合わせ、インターホン越しに名前を呼ぶ。腕に提げたのはコンビニの袋、中身は幸村君の好きなビターのチョコレート菓子。
白い息を吐き出すこと数回、間もなくダークグレーの扉が開いて、にっこり笑った幸村君が私を出迎えた。


「いらっしゃい」
「寒いー」
「マフラーは?」
「忘れた」
「そりゃ寒いよ。さ、上がって」
「お邪魔しまーす」


幸村君の住むマンション、部屋番号までばっちり覚えたその部屋に上がり込む。
整頓された中にひょっこり顔を出す乱雑さに不思議と落ち着く、居心地の良い部屋だ。フローリングに敷かれたカーペットの模様も、出しっぱなしの雑誌のロゴも、私にはもう見慣れたものとなっていた。


「ヒーター当たってていいよ」
「クッション使っていい?」
「ふふ、どうぞ。あ、紅茶飲む?」
「うん」


キッチンに立つ幸村君を見送って、順番に聞くガコンとケトルを取り出す音、蛇口から水が迸る音、ガスコンロが火を灯す音。お湯を沸かしてくれてる間、ヒーターの真ん前に陣取った私は冷えきった指を温める。


「はい、どうぞ」
「ありがとー」


ローテーブルに置かれたマグカップがふたつ、その内いつか『お客様用』だと聞かされた方に手を伸ばす。湯気を見つめてぼんやりしてたら、熱いから気を付けてねと微笑みながら、幸村君が私の隣に腰を下ろした。
これじゃヒーター、幸村君に届かないな。ちょっとだけ体をずらしたら伝わったみたいで、幸村君はありがとうって空いたスペースに身体を寄せた。


「ことりは本当に寂しがり屋さんだね」
「うーん、そうかも。否定はできないなあ」


クスリと小さく笑う声が聞こえて、幸村君の手がおもむろに私の髪を撫でる。私はそれをいっぱいに享受しようと、首を傾けて唇を緩めた。
やさしい手のひら、今この瞬間だけは私の、私だけのもの。幸村君は優しい。ただの寂しがり屋の友達を、優しく許してくれるくらい優しい。
彼女いるのかな、いるんだろうなあ。こんなに優しくてかっこいい幸村君だもん。私には聞けないけど。だってこのぎりぎりのバランスの上に成り立った心地好さを、手放したくないから。

悪戯心を盾にして、髪を撫でるのと反対側の無防備に投げ出された手に、ぺたりと自分の手を重ねる。すると驚いたように左手は髪を撫でるのをやめて、右手と一緒に私の手のひらを包み込んだ。冷たいね。
いくらヒーターで温めたって、ほっとくとすぐに冷たくなる。浸透する熱も多分今だけ。離れたらすぐに冷たい手に戻ってしまうのだ。
このときだけの甘え。このときだけは私のもの。幸村君を縛る存在になろうなんて、そんな勇気は私には、ない。


「少しは暖まった?」
「うん。いつもすぐに手が冷えるんだよね」
「寂しいから?」
「そうかも」
「ふふ、冗談だったのに」
「…でも、こんなの言うのは幸村君にだけだよ」


ちょっとだけ、ちょっとだけはみ出してみる。わかんないくらいに、特別を匂わせるだけ。ごっこ遊びをしているんだ。だから本気になったら負け。
だけどもしも本気になってくれたら、って気持ちもないわけじゃない。どうなりたいわけじゃないっていうのが本当の本心だっては言えないけど、でも今のアンバランスに保たれたこの暖かな関係のままで甘やかされ続けたいのも確かなのだ。


「俺、そんなに頼りやすいかな」
「うん。そういうの、いいと思う」
「ふふ、ありがとう。これくらいならいつでもどうぞ。みんなには内緒でね」


ほら、そうやって甘い顔して悪戯っぽく笑うから、私は幸村君を縛れない。本気になったらそんなんじゃないのにって、同じ悪戯っぽい笑みで躱されて終わりになりそうで。
歪んだ気持ちは私専用にしてしまいたいマグカップの紅茶に溶かして、今は甘やかなぬくもりにただ沈むだけ。



フラミンゴの部屋

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