※ユウジがホモです



あの子を見る彼のとろけそうな視線、あの子と話す彼の花咲くような笑顔、あの子に声をかけられて心底嬉しそうに伸びる背筋。
私は知っている。きっとこれは、思い過ごしにしてしまいたい事実。


「それでね、小春ちゃん。新しくできたコンビニの店員さんが…」
「なーに小春と楽しげに話しとんねん」
「あら、ユウ君」


小春ちゃんとの会話に花を咲かせる私の視界に飛び込んだ、リストバンドをはめた腕。小春ちゃんの肩に乗っかるように腕を伸ばすユウジに、私は相変わらずだねと苦笑した。


「何がおかしいんや」
「いつもユウジは小春ちゃんのとこ、すぐに飛んでくるんだもん」
「なんや、そんなことか。愛する小春のとこなんやから当たり前やろ!」
「あはは、ほんとにユウジは小春ちゃんが大好きだねえ」
「いややわあ、照れてまうやないの」


上品に笑う小春ちゃんに腕を擦り寄せ、ユウジはにこにこと機嫌よく頬をゆるめる。ああ、この顔。この顔だ。私がいくら冗談言って笑わせようとしてみても、こんなふうに笑ってはくれない。
私にはわかる。小春ちゃんにだけ違う顔をするって。つまりそういうこと。私はもうそんなわけないって否定できないくらいに、ユウジのこの顔を見てしまった。
きっと彼が小春ちゃんに抱く気持ちは、私が彼に抱いているのと同じ類のものだ。





自分は他とは違うのかもしれない。そう感付き始めたのは、そう最近のことではなかった。
けれど恋愛感情の如何もわからなかった頃と、今の俺とは違う。小春と出会ってその感覚は、限りなく確信に近いものとなってしまった。俺は男を好きになってしまう人間なのかもしれない。
小春のことはもちろん、男だから好きというわけではない。小春といると楽しいし、小春が構ってくれると嬉しい。声もテニスも性格も、小春が小春だから好きなのだ。それはわかっているけれど、この好きは多分、恋愛という感情に裏付けされたもの。
俺も小春もれっきとした男で、俺が好きになったのが小春だった。ただそれだけといえばそれだけで、だがそれは否定すべき感情なのだと頭の端で理解はしている。


「最近ぼんやりしてるね」


ぱたぱたと目の前で手のひらを揺らすことりにはっと顔を上げると、ことりは不思議そうに首を傾げた。マックの一番隅のテーブル、小さなそれに所狭しとノートを広げてそこに陣取る俺達は、端から見たらどう見えるんだろう。
ことりのノートを俺が写すため、要求されたストロベリーシェイク。それをすすって俺の返答を待つことりは、小春と俺と三人で行動を共にすることがよくある、俺にとっても大切にしたい友人である。


「…ああ、すまんな。待たせとるのに」
「いや、シェイクあるしいいけど。ユウジのくせになに深刻そうな顔してんのかなって」
「くせにって何やねん」
「ごめんごめん。心配してるんだよ」


誤魔化すように笑って見せる。愛嬌のある顔をしているとは、思う。
心配してもらえたなら嬉しいし、逆にこいつになにかあったようなら、俺も心配の一つくらいするだろう。こいつのことも好きには好きだが、小春に対するそれとは明らかな違いがある。


「…ユウジ」
「ん?」
「まーたぼんやりしてる。どうしたの?…好きな人でもできた?」


からかうようでも、馬鹿にするようでもなく、ことりは少し眉を下げて笑みを浮かべた。俺も曖昧に笑ってそれを受け流す。好きな人、か。
もしも好きになったのがこいつだったら、俺はこんなふうに悩むこともなかったのかもしれない。もしも俺が女だったら、小春が女だったら、同じように俺は小春を好きになっただろうか。もしも、こいつが…男だったら、俺はこいつのことを好きになっていただろうか。もしもなんてあるわけないから、考えても無駄なことだけれど。





ユウジのことを好きになったのはいつだったか。そんなの思い出せないけど、しんどいことになっちゃったなあと思わなくもない。だって相手が男なんじゃ、しかも小春ちゃんじゃあかないっこない。
デレデレと小春ちゃんに寄り添うユウジに向けていた生ぬるい視線をそっと逸らして、私は不毛な考えを振り払おうと瞬きをした。
好きな人でもできた?なんて、見ればわかるのにとんだ愚問だ。でもふとした瞬間辛そうな表情を覗かせるのもまた、私の知るところだった。


「ねえユウジ」


ユウジは私を好きになってはくれない。ユウジが好きなのは小春ちゃんで、男の子で、でも私が勝てる相手じゃない。だからこうして友達やってる。
生徒会に行ってしまった小春ちゃんを待つ二人の放課後。ユウジの小道具作りを手伝ったり、面白いものでもないかと学校中をうろついてみたり、とりとめのない話をして暇を潰したり。
やっぱりユウジと居るのは好きだ。辛くないのは、嘘だけど。


「私、男の子だったらよかったかな」
「なんや急に」
「ユウジと小春ちゃん、すごく仲いいんだもん」
「そらそうやろ」
「羨ましい」
「はあ…お前はな、女でええ」
「そっかあ」
「おん」


ユウジにそう言われてしまっては、馬鹿な考えも吹き飛んでしまう。女でいいなら、かわいいって一言くれたって罰は当たらないよ。またそんなことを考えている。ばかだなあ。
頼めば言葉くらいくれるかもしれない。でもそれには何の意味もない。いつだってユウジの視線を引き付けている、小春ちゃんが羨ましい。
不意に、隣にある手を握ってみる。ユウジの体がびくりと揺れた。


「なんや、どないしてん」
「なんでもない。でも、ありがとう」
「わけのわからんやっちゃな」


すぐに放した手は汗ばんで、手のひらを撫でる風はやけに冷たく感じた。
別に男になりたいわけじゃない。もし私が男だったとしても、きっとユウジが好きになるのは小春ちゃんだ。
わかっている。わかっているのに、私はやっぱりユウジが好きなのだ。





俺が好きなのがことりだったら。俺がことりを好きになれたら。触れたい、愛しみたいと思えたなら。
俺は普通でいられたし、こんなに否定と肯定の狭間でもがくことなんてなかったのだ。三人で仲がいいというのに、俺が好きになったのは、女であることりではなく小春だった。


「ユウジ…?」


至近距離の眉がひそめられる。ぐらぐらしそうに襲う罪悪感。いつも通りの退屈しのぎにしては悪ふざけが過ぎる。近すぎる距離に、俺の思考回路なんて壊れてしまえばいいと思った。
給水塔を背に膝を抱えて座ることりの両足を閉じ込めるように俺の両腕。立て膝で近付けた顔は熱くもなんともなかった。ドキドキ、してしまえればよかったのかもしれない。


「ユウジ、…なに」
「ことり」
「…うん」


そろり、片手を持ち上げて触れる頬。やわらかい。突然のことに驚いたのか一呼吸遅れて俺の手首を掴んだ手も、俺のとも小春のとも違う、女の手だった。


「ちょっとユウジ、何か変な物でも食べた?」


戸惑っている。まだ茶化してなかったことにしようとしている。ことりは優しい、いいやつだ。なのに俺は今、こんなに優しい友人にひどい真似をしようとしている。
傷付くだろう。俺は小春が好きで、でもまだ自分が異端だと割り切るのも怖くて。一番手近で俺に優しい女相手に、一縷の望みをかけて縋ろうとしている。女にだって欲情するのだと。
証明できないであろうことはわかっている。でもどうしても、俺は縋りたかったのだ。
ことりの瞳が微かに潤む。最低だ、俺は。





キス、してええ?真剣な顔で、低い声で、言われた言葉に私は動揺を隠せず脚をもぞもぞと動かした。張り詰めたままの空気とユウジの腕、それから視線に阻まれて、私は逃げ出すこともできない。
嘘だ、こんなの。いけない。わかっているけど言葉さえ出ない。こんな状況でも、近くで私の名前を呼ぶ唇は魅惑的だった。


「ユウジ、…」
「なん」
「…やっぱ、いい」


その目は小春ちゃんを見るときのように、うっとりと恋の色を映してはくれない。この緊張も、胸が高鳴り熱くなるようなものとは違う。
わかる。わかってしまう。ユウジの考えていることが。だったらますますキスなんか、そんな理由でしちゃ駄目だ。駄目、だけど。


「…。……いいよ」
「…」
「キス、していいよ」


絞り出した声は擦れていて、目蓋は涙をなんとかせき止めていて、ちゃんと伝わるかどうかすらも怪しい。でも見開かれたユウジの目を見るに、きっと聞こえてはいるのだろう。
こんな形で縋られることさえ嬉しかった。今を逃したらこの好きな人と唇を重ねることなんてずっとできないと、だから彼の唇が欲しいと思った。辛いだけでも、甘やかすふりして甘えたかった。
私はユウジの葛藤を私欲の言い訳にしたのだ。醜い。だから愛しんでなんて言わないから、せめてそんな顔しないで。
やさしくしてね。そう言って泣きそうなのを押し殺して笑ったら、ユウジまで泣きそうな顔をした。やっぱり、私じゃユウジを笑わせてあげられない。



上手に泣けない僕たちは

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