#8 二日酔いの朝の反省は役に立たない
ピンポーン
小さな部屋に鳴り響くインターホンの音に目を開くと、カーテンから射し込む明かりに照らされて女の寝顔が目に入る。
しかしなんだこの絶妙な距離は。
近くもねーし遠くもねー…体を起こす前に体のアチコチに痛みを感じて、床で寝ていたんだと分かる。
恐らく自分でかけたであろう、体にかかっな自分の着流しをどけながら起き上がると頭がガンガンした。
なに俺律儀に床に寝てんの…
ここは普通起きたら抱き合ってるとか、そういうパターンじゃねーの普通…
ボンヤリする意識の中でそんなことを思っていると2回目のインターホンが鳴る。
「おい起きろ。…おい、夕日。」
布団の中で丸まって眠る小さな体を揺さぶるも、スースー寝息を立てたまま動かない。
コイツ昨日午前中に冷蔵庫来るっつってたよな…
続いて軽くノックの音が聞こえ、重たい体を動かす。
……なんで俺が…。
「冷蔵庫配達に来ましたー!設置場所教えていただけます?」
戸を開けると案の定配達員が立っていて、さっさと作業をし始める。
改めて部屋を振り返って見ると、玄関を入ってすぐの辺りに小さなキッチン台があり、その隣にスペースがある。
コンセントの穴もあるし、置くならここだろうな。
配達員を案内し作業を頼む。
「んぁー、頭いたい…」
作業の音で起きたらしい夕日が、見事な寝癖をつけてキッチンに顔を出した。
「お前朝弱えなら午前中に配達頼むんじゃねーよ!」
「あれ、銀さんまだいたの?」
「インターホンの音で起きて対応してやった人に対してまだいたのってひどくない?ひどすぎない?つーかお前が寝たから帰れなくなったんだろうが!」
なんで?って顔してんのがまじで腹立つ。
「俺が帰ったあと誰が戸締まりすんだよ。起こしても起きねえ酔っ払いができるわけねぇだろ。」
「あぁ、そっか…ありがとう。」
そんな会話をしているうちに設置作業は終わったらしく、何故か俺に受け取りサインを求める配達員に、家主はアッチだと教えてやった。
そしてこのバカ家主は新品の冷蔵庫を撫でながら、少し困った顔で「銀さん昨日のこと覚えてる?」とかぬかしやがる。
予想はしてたがやっぱり記憶ねぇのか。
…俺も後半曖昧だけど。
「俺が知る限りの真選組のバカどもの紹介してる辺りでお前が寝落ちしたのは覚えてる。」
「ん゛ー…うちに来た辺りからもう記憶が曖昧…」
頭を抱えて唸る姿を見て、神楽や新八から見た二日酔いの俺はこんな感じなのかと思い、酒は考えて飲むべきだと改めて心に決める。
だってどう見てもバカだもの。バカにしか見えねーもの。
「じゃあ俺帰るわ。」
「え?デートは?」
「一旦帰ってシャワー浴びて着替えたら迎えに来る。お前も準備あんだろ?」
「…銀さんって……優しいね…」
シラフになってようやくまともに会話が出来るようになったと思ったら、驚いた顔でそんなことを言われた。
まず泣いてる女の愚痴に付き合ってる時点で優しいし、ご希望通り宅飲みにしてやって、コンビニで買った重い荷物を全部持ってやって、風呂上がりのパンツの女を襲いもせず律儀に床で寝てる時点でクソほど優しいだろーが。
今更なんだよもっと褒めやがれ。
知り合ったばかりの女にここまでする筋合いは全くねえんだろうが、少しだけ見慣れた顔のせいなのか、話せば話すほどどんどん変わっていく印象のせいなのか、これからこの町で暮らしてくなら確実に"アイツら"と関わらずにはいられないだろうという予感のせいなのか、どうもほっとけない感覚を覚える。
コイツがこの町で生きていくなら、とりあえず一人くれえはいつでも愚痴を吐ける"友達"がいないとダメな気がした。
アイツらがこれからどう出てくるのか俺にも分からねえが、アイツらの都合でコイツが不安になったり傷付くのは、おかしいだろ。
つーか、一晩話してコイツのバカっぷりが分かってくると、なんでか前ほど似てるように感じなくなってきた。
今じゃ顔が似てることよりも、この天性の遊び人、"さすらいの銀時様(自称)"を翻弄するその計算なのか天然なのか分からねえ無防備さの方が動揺させられる。
つーかアイツらこのキャラ知ったら更に怒るんじゃねぇのって不安も発生してきた。
でも、玄関で「じゃあ準備して待ってるねー。」と寝癖だらけの頭でヘラヘラした笑顔を向けるコイツを見ると、もうあんなしみっ垂れた顔はさせたくねえって思っちまうから、不思議な女だ。