#30 雨の日の夜は
夜も更け仕事を終え、丁度屯所に入ったところで携帯が鳴る。
電話は近藤さんからで、とっつぁんに捕まって今日は帰れそうにないから代わりに"アイツら"に給料渡しといてくれ、と。
めんどくせぇが払わなきゃ払わないでうるせぇだろうし仕方ねぇ。
タバコに火をつけ玄関を潜ると疲れ果てた様子の山崎に声をかけられる。
「あ、お帰りなさい副長…あの二人、給料貰うまで帰らないって客間に居ますよ…。俺もう寝ますね、お休みなさい…」
フラフラと廊下の先に消えた山崎を見送ってから、金庫を開けると、"万事屋""夕日ちゃん"と書かれた二つの給料袋があった。
しぶしぶそれを持って客間へ向かい襖を開けると、部屋中の座布団をかき集めて寝転んでいる死体が二つ。
「起きろアル中ども。」
「「………」」
「オラ、給料だ。いらねえなら渡さねぇぞ。」
その言葉に、万事屋が座布団をぶっ飛ばす勢いで起き上がる。
「いらねぇわけねーだろ!何のためにこんなむさ苦しいところで2日も過ごしたと思ってんだ!」
「お前の頭の方がよっぽどむさ苦しいわ。早く帰れ!」
「早く金よこせ!」
「待て、まだお前らが割った分の酒代抜いてねえ。…なっ、お前2日分の給料で5万ってどうゆうことだ!ぼったくりもいいとこだろうが!こんな渡さねぇからな!」
「ふざけんじゃねえ!局長と話はついてんだよ!ゴリラ出せゴリラ!」
「局長いない時は俺がトップなんだよ!俺が出さないっつってんだから出さねえ!」
「なーに、もう…うるさいなぁ…」
万事屋と給料袋を引っ張り合っていると、寝癖をつけたアル中女がノソノソと起き上がった。
「…何二人仲良く手繋いでるの?」
「手じゃねぇバカ!よく見ろ!このニコチン野郎に給料ぼったくられそうになってんだよお前も手伝え!」
「いやちょっと今寝起きだからいつもに増して土方さんが眩しすぎて無理。」
そのあとしばらく押し問答が続き、らちが明かなかったので近藤さんに電話をすると、その金額でいいと言われ不服ながら給料袋を渡した。
「ありがとうございます。でも、お酒代は返します。」
アル中女はそう言って封筒から一万円札を1枚取り出して差し出してきた。
「お前一人が負担するのはおかしいだろ。このバカも一緒に払うべきだ。」
「いいんです!銀さんは神楽ちゃんと新八くん養わなきゃいけないから。そのお金であの子達に少しは給料払いなさいよ?」
「ちょっとやめてくんない?すげーダメ人間みたいに扱うのやめてくんない?」
「従業員に給料渡さないのはダメ人間だろ。」
「お前もたった今給料渡すの嫌がってたよね!?すげー渋々だったよね!?ハイ、お前もダメ人間ー!」
「お前と一緒にすんじゃねー!もううるせぇから早く帰れ!!」
「あの、これお金…」
「いらねぇよ。早く行くぞ。」
「え、どこに?」
「送ってく。雨降ってんだろ。…言っとくけどタバコ買いに行くついでだからな。」
「カッコつけてるとこ悪いけど俺も送ってくれるんだよね副長さん?」
「お前は原付きで来てんだろうが。ビニール袋でも被って帰れ。」
「お前そんなこと言ってコイツと二人きりになりてぇだけだろ!?気を付けろお前!手ェ出されんぞ!」
「え!?大歓迎です!」
「出さねぇよ!!いちいちうるせぇんだよバカコンビが!」
こんな夜も更けた雨の中、いくら近いとは言え、女を一人で帰すこともできず、バカコンビを連れて駐車場へ向かう。
万事屋のバイクもそこに停めてあった。
「銀さん、ホントにそれで帰るの?風邪引かない?」
「大して降ってねぇし大丈夫だろ。」
「帰ったらすぐお風呂入るんだよ?」
「ハイハイ。じゃ、あとは二人でごゆっくり。」
嫌味ったらしいニヤけ面を浮かべてやっと騒がしいやつが一人去っていった。
アイツが余計なことばかり言ったせいで若干気まずさを感じながらパトカーにキーを刺す。
覆面用の普通車は全部出払ってるから仕方ねぇ。
「そっち乗れ。」
「え、助手席でいいんですか?」
「別に容疑者じゃねぇしな。」
「わー、パトカー乗るの初めてです。」
バタンとドアが閉まると密室の静けさに気まずさが増す。
アクセルを踏むと窓に当たる雨の音が少し大きくなった。
歩いたって数分の距離だ。
車ならあっという間…別に会話なんか必要ない。
と思っていたのはこちらだけだったようで、向こうも気まずさを感じていたのか、オドオドと話し出す。
「あの、アレですね、雨の夜は…初めて会った日を思い出します、ね。」
「あぁ…そういや雨の日だったか。」
「はい。あの時は…こんな風に、この町が好きになれるなんて思っても見なかった。この短期間で、予想もしないことがたくさん起きて、退屈な人生がガラッと変わりました。」
「俺にとっちゃお前も、予想もしなかった存在だけどな。」
「…そうですよね。」
そういやシラフのコイツとまともに二人で話すのは初めてか?
大抵コイツと出くわすときは酔っ払い状態かあの天パとセットなせいか、コイツがまともなこと喋ってるのに違和感を感じる。
二人きりなせいかいつもの様にふざける様子もなくて逆に落ち着かない。
それはコイツも同じなのか、変な緊張感が漂っていて居たたまれなくなる。
そんな様子を見れば簡単に気付く。
コイツは俺といる時より、総悟や万事屋といる時の方が自然体だ。
散々人のこと性的に狙ってるとかからかっといて二人きりになるとこの様だ。
俺も人のこと言えねぇが…いつものようにバカみたいにふざけててくれた方がいい。
今隣を見ればきっと、少しの緊張と少しの困惑を交えたその表情は何度も見たことがあるような"あの顔"なんだろう。
そんな表情より、いつもみてぇな間抜けで品のない表情の方が見てて楽だ。
誰かと重ねずに済むから。
「わざわざ、ありがとうございました。」
「タバコ買いに行くついでっつったろ。」
「ふふ、イケメンですね。」
「あんまりお巡りからかってるとしょっぴくぞ。」
「からかってませんよ。ホントに思ってます。」
「酔っ払ってんのか?」
「もうとっくにシラフです。」
見覚えのあるアパートの前で停めた車の中に、雨の音とコイツの声が響く。
隣を見れば、軽く首をかしげ少し微笑む"あの顔"が目に入る。
妙な雰囲気に耐えきれず、残り少ないタバコに火をつけた。
「じゃあ、お休みなさい。」
ドアが開き雨の匂いが入ってくる。
ドアを閉めようとするのを引き留める様に、つい声をかけた。
「あぁ、ひとつ言い忘れてた。」
「?」
「今日の飯は、隊士にやたらと好評だった。お疲れさん、料理長。」
それを聞いて、子供みたいな満面の笑みを浮かべた夕日を見て、何故だか少し満足する。
あぁ、その笑顔は…"アイツ"の笑顔とはちょっと違うからか。