似て似つ | ナノ




#21 ジャイアンが映画の時だけ良い奴になる原理



土方さんに自ら狙ってます宣言をしてしまったあの日から二週間程。
あれ以降、どんな顔をして土方さんに会えば良いのかわからず、通勤はなるべく人に会わないように自転車で爆走するようにしている。

休みの日も、無理に外に出ず、なるべく家でゴロゴロして過ごしている。

そんな生活のおかげで、ここ二週間程は真選組の誰にも遭遇していない。
そう言えば銀さんにも会ってないけど。

彼等に会わないで過ごした数日間は、至って平和で、田舎町で過ごしていた頃のありふれた日常に似ていた。
少し前まではこんな普通の日常が当たり前だったのに。


早番上がりの今日も、夕方に店を出て、そのまま家に直帰する。
明日は休みだし、いつもなら早番の日は一杯飲んでから帰りたい気分になるけど、今日は一刻も早く帰りたかった。

風邪で休んでしまった子の代わりに休みを返上して働いたために7連勤がやっと終わったから。


もう今日は帰ってお風呂入ってビール飲んで即寝る。絶対寝る。12時間は寝る。


日が沈んで行く町を自転車で駆け抜けて、今日も無事にありふれた一日の終了。

そう思いながら玄関を開けて家に入り靴を脱いだ瞬間、インターホンの音が鳴り響いた。
玄関にいた私は思わずろくに確認もせず戸を開けてしまった。そして盛大に後悔した。


「随分無用心ですねィ。」

「なっ!なんでココが!?」

「自転車かっ飛ばすアンタを見かけたんで追いかけて来やした。」


いやいやいや結構なスピード出してたよ私!?
追いかけて来たわりに息1つ切れてないんだけど!どうゆう体力!?
てゆうか何?ストーカー?


「で…なんのご用ですか?」

「ありふれた日常に飽き飽きしてきたんで苛めに来やした。」

「…お帰りください。」

「とりあえず入れろ。土方に見つかると厄介なんでィ。」


そう言って彼は私を押し退け勝手に部屋に入ってくる。
ちょっと待って不法侵入レベルだよねコレ。この子ホントにおまわりさん?
てゆうか絶対サボりだよねコレ。


「ちょ、ちょっと。仕事中なんじゃないの?クビになるよ?」

「ふん。俺を誰だと思ってるんでィ。一番隊隊長沖田総悟様をクビにできるわけねェだろィ。」

「一番隊?偉いのソレ?」

「まぁな。でも近い将来土方を抹殺して副長になる予定でさァ。」

「え、副長の次に偉いってこと!?えっと、総悟君、歳いくつ?」

「…18。」

「えっっ!?!?年下だろうとは思ってたけど!まさかの十代!?しかも18の子が隊長!?」

「真選組は歳なんか関係ねぇ。強いやつが上に立つ。まぁ俺土方より強いけど。」


ズカズカと人の家に上がってきた予想よりも遥かに年下の彼は、会話をしながら上着を脱いで適当に放り投げ、勝手にテレビをつけてくつろぎ始めた。

こんなに若い子が組織の上層部として刀を振るっていると思うと、パチンコ屋でくすぶっている自分が物凄くちっぽけに感じて、疲れた体が更に重くなる。

しかも全力でサボる気だよこの子…。


「それからアンタ、なんか腹立つから君付けで呼ぶのやめろ。」

「え…じゃあ……総ちゃん?」

「次その呼び方したらぶった切る。」

「ちょちょちょ刀抜こうとするのやめて!?総悟!?総悟でいいですか!?」


もう怖いよこの子ー。自分だって私のことアンタ呼ばわりの癖に…何しに来たんだよホントに。


「…アンタ…ちょっとこっち来なせェ。」


テレビの前に座る総悟が突然真顔になったと思ったら、まだ立ったまま話をしていた私に向かってそう言った。
ななななな何。

警戒心というよりは恐怖心を抱いた私は、来いと言われたのに逆に一本後ずさった。
それが気に食わなかったのか、座っている体勢のまま私の腕を強く引っ張る総悟。

当然私は彼の方へ倒れ込んだわけなんだけど…ななななななんなのこの展開。


間近には総悟のドアップ。
喋らなきゃ可愛い好青年なのに。
そんな呑気なことを考えていたら、総悟はあろうことか顔を近づけて来た。


「ちょ、な、何…」


僅かに抵抗したのもつかの間…前髪を撫でられて思わず目を瞑った。


ゴツンッ


豪快な音と共にオデコに衝撃が走る。
い、痛いし…近い。

恐る恐る目を開けるとクリッとした瞳とバッチリ目が合う。


「熱、あんじゃねェか。」

「ね、熱…?」

「38.5℃ってとこですねィ。」


そう言ってオデコを離した総悟は、部屋の隅に雑に畳んであった布団を敷き始めた。


「寝ろ。」

「えっ、でもお風呂入りたい…」

「いいから寝ろ。」

「わわわ分かったから刀抜こうとするのやめて!?寝るから!寝るけど、洗顔と歯磨きと着替えだけさせて下さい!!」

「…良かろう。食欲は?」

「そういえば…あんまり、ないです。」

「明らかに顔色わりィのになんで風邪引いてることにも気付かないんでィ。バカなのか?」


心配されてるのか苛められてるのかわからない。ホントに。

言われた通りお風呂は我慢して、洗面所で着替えと化粧落としと歯磨きを済ませ、部屋へ戻ろうとすると、総悟はキッチンで冷蔵庫を漁っていた。


「お前、ほとんど酒しかねえじゃねェか。」

「す、すいません…」

「とりあえずアンタは寝てろ。」


またギロリと睨み付けられて、仕方なく布団に入る。
布団に寝てみると、一気にダルさと寒気に襲われて、やっと風邪を引いていたことを実感する。
今日仕事中なんとなくダルかったのは風邪のせいだったのか…。


しばらくキッチンで物音が聞こえていて、すごく不安だったけど、総悟が持ってきたのは意外とまともな物だった。


「これ何?味噌汁?」

「いいから飲め。」


マグカップに入ったそれは、味噌汁のように見えるけど、みじん切りの長ネギが大量に浮かんでいる。
マグカップに入れてあるスプーンでかき混ぜてみるとネギの他にも何かが漂っている。

少し不安を抱きながらも一口口にしてみると、漂っている何かの正体は、すりおろした生姜と潰した梅干だと分かった。

少しの酸っぱさと生姜とネギの風味が味噌とよく合う。
それに、熱で味覚が弱っているから、このしょっぱさがちょうど良い。

生姜のおかげで体もポカポカしてくるし。


「…美味しい。」

「薬は?」

「あぁ、たぶん解熱剤くらいしかないなぁ。」

「じゃあそれ飲んだらとりあえずその薬飲みなせェ。明日ちゃんと医者行かなかったらぶった切る。」

「わ、分かった…。」


私の隣にしゃがんで睨みを効かせてくるけど、命令の内容は至って優しい。
それに、なんだか看病慣れしているようにも思える。


だからお姉さんがどうして亡くなったのか、聞いたことはなかったけど、なんとなく病気だったんじゃないかと悟った。


総悟が作ってくれたスープを飲み終え、薬も飲むと、一気に眠気に襲われた。
総悟は布団でボーッとする私を他所に、相変わらずダラダラとテレビを見ている。


この人いつ帰るんだろう。


そんな風に思いながらも、重たい瞼を閉じる。
フワフワとする意識の中、オデコに冷たい手が触れた気がして、なんだか少し安心した。

熱があるときって、一人じゃ心細くなるものだから。


その後グッスリ寝てしまい、気付いたら朝になっていた。
いつの間にか総悟は帰ったらしく、部屋には誰もいなかった。
体は少し軽くなっていて、体温計を持ってないから熱は計れないけど、この感じだとたぶん微熱。
でも言われた通りちゃんと病院に行っておこう。


そう思いながら起き上がって、ふとコタツテーブルを見ると、テーブルに置きっぱなしにしていたレシートの裏に"カギは預かった"と書いてある。

玄関の下駄箱の上に、マスターキーとスペアキーの2本を置いていたから、そこから1本持って、鍵を閉めて出ていったんだろう。

なんだか脅迫文みたいなその文字に思わずちょっと微笑んでしまう。
一瞬"ガキは預かった"に見えたもん。


そんな微笑みもつかの間、あの人が鍵持ってるってことは、いつでもこの部屋に入ってこれるということ…?と思考が廻り、底知れぬ恐怖を感じた。


それから数日間、総悟は家を訪れることも鍵を返却してくれることもなかったけど、職場からの帰り道にマスクをした総悟を見かけた。

恐らく風邪の感染源は私だろうと思うと、勝手に家に来たのは総悟の方だけど、少し申し訳なく感じつつ、同時にちょっと笑ってしまう。

ただの苛めっ子だと思っていた彼が、なんだか少し可愛く思えて。
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