急速出世もいいところ



ほんの1ヶ月前、俺には初めて彼女ができた。しかも告白"された"のだ。自分でも信じられない。俺の見た目がお世辞にも女の人に好かれるものでないことは自分でもよくわかっている。だから生まれて18年間彼女の「か」の字もなかった。

その俺に彼女ができた。しかも学校内ではかなり可愛いと言われてちょっと有名な2年生。そう、後輩だ。何が1番疑問かって俺のどこがよかったかで、まだ俺と面識があるならまだわかるけど俺と彼女の間には何も接点はなかった。

1ヶ月前の月曜日の朝、休み明けのあまり働いていない頭で下駄箱をあけると履き慣れた上履きと共に見慣れないものが入っていた。それは俺の汚い下駄箱に入れておくには勿体ないくらい可愛らしい封筒だった。中身はこれまた可愛らしい文字で「放課後、校門前で待ってます」とだけ書かれた便箋が入っていた。差出人の名前も書いてなかったから誰かが俺をからかっただけのいたずらだと思った。でも放課後まで頭の中は手紙のことで一杯だった。まあ校門はどうせ帰る時に通るし、誰があんな字で凝ったいたずらしたのだろうという好奇心もあって、授業が終わってから早足で校門へ向かった。

すると門から風に靡くスカートが見えた。まさか本当に女の子か?なんて思って少し気持ちが高ぶったのを抑えつつ、歩く速度を変えないように気をつけながら校門へ急いだ。

気持ちが逸っていた分、さほど遠くもない校門までの道はかなりの距離があったように感じた。あくまで自然に門の外へ目をやると彼女が立っていた。ゆっくり校門を抜けようと思っていたのに俺は思わず立ち止まってしまった。

「「あ…」」

立ち止まった俺を見上げるのは俺と身長差10cmくらいの女生徒。目が合った瞬間、凄い勢いで逸らされた。
んなわけねーか、と思い立ち去ろうと前に向き直って一歩踏み出すと微かな力で引っ張られた。振り返るとやっぱりあの子だった。

「どうかした?」
「あ、あの今朝下駄箱に手紙入ってませんでした?」
「入ってた、けど…」
「それ、入れたの私なんです」
「え…?」
「あの、なんていうか…その、お話があるというか…」
「ああ、…うん。帰る道どっち?」
「え?あ、あっち」
「じゃあ歩きながら聞くよ」
「は、はい!」

(よく噛まずに言えたな、俺。)
心の中で自分を褒めながら彼女が細い指で示した方へ出来る限り自然に歩きだす。さすがちょっとした有名人なだけあって、人通りな多い校門前なんかで話していると目立ってしまう。そのためにとりあえずこの場から離れようとしたのだが、何せ俺は突然のことで大いにテンパっている。心臓はさっきから彼女にも聞こえてしまっているんではないかと心配になってしまうほど煩く鳴っている。だから噛まずに自然を装って言えたのは奇跡じゃないだろうか。日頃そこまで悪い行いをしていないだけのことはある。神様ありがとう。

「……」
「……」
「あのさ、」
「はい!な、何でしょう?」
「話って何、かな?」
「ああ、えっと…それは…」

尋ねた途端に俯いてしまう彼女。なんだか可愛くて仕方なくて抱きしめてしまいそうになる衝動を抑えるのに必死だった。

それから彼女が結局何も話さないまま分かれ道に来てしまった。ばくばくだった俺の心臓もやっと落ち着きを取り戻していた。でも彼女はそうはいかないらしく、しばらく沈黙が続いた。

「えっと…送ろうか?家まで」
「えっ?」
「あ、ごめん。迷惑だよな」
「いいえ!とんでもないです!」
「そうか?別に気使わなくても…」
「そんな!こちらこそご迷惑じゃ…」
「いや、全然構わないけど」

俺がそういうと、今まで必死になって俺に向かってきていた態度とは打って変わってもとの控えめな態度に戻って、こっちです、とやや俺の帰り道とは違う方向の道を指差して歩き出した。その小さな背中や、少し茶色がかったさらさらの長い髪に見惚れていたら歩き出すのを忘れた。そしたら彼女は俺がついてくる気配がないことに気付いたのか、くるりと振り返って小首を傾げた。はっと我にかえって小走りで追い付くと彼女はふわりと笑った。どうしていいかわからないほどに可愛らしくて、愛しくて俺はそっと学ランの襟を直した。

彼女の家は道こそ違うものの、距離的にはたいしたことなかった。この辺では普通よりも少し大きいくらいの一軒家。外壁はやわらかな白で塗られていて、屋根もその白と同調するような淡い淡い朱だった。彼女が済むのに相応しい家だと思った。彼女も俺も、一言も話さずにここまで来た。でも分かれ道までのやり場のない気まずさはなく、寧ろ安心感さえ覚えるくらい穏やかだった。彼女がどう感じたかはわからないが。
ふいに彼女は俺の隣を離れて、家を背に俺を見た。さっきまではなかった、なんだか強い気持ちの伺える目で俺を見た。

「先輩!」
「うん」
「私、高屋先輩のことが好きなんです」
「……」
「男の人とお付き合いしたことがなくて、だからお付き合いの始め方ってよくわからないのですが、よかったら私と付き合ってもらえませんか…?」
「……」

夢か何かなのだと思った。そんなはずはないと自分の中の何かが言った気がした。だけれどその一方で舞い上がっている自分がいた。とにかくは頭の中ごちゃごちゃで言葉が出てこなかったのだ、困ったことに。それでもなんとか口を開いた。

「あ…ええっと、マジで言ってる?」
「もちろんです。…やっぱり駄目ですか?」
「は?いやいやいや!駄目なわけないって!」

今度は俺が必死に否定すると、彼女はぱあっと顔を輝かせた。

「本当ですか?」
「もちろん!本当本当」
「よかったあ…」
「寧ろ俺の方が俺でいいのか?って感じなんだけど」
「"でいい"じゃなくて、高屋先輩"がいい"んですよ」
「…!」

…とまあこんな感じで俺となまえちゃんとの交際が始まったわけだ。だがそんなことは今はどうでもいい。いや、あの時のなまえちゃんが凄まじく可愛かったけども。一生胸の中で宝物にしようと思うけども。でも一旦それは置いておこう。目の前の状況を理解して対処することが先決だ。

****


「ん…」

頭の痛みと朝の日の光に眠りから引きずりだされた私は起きたくないと閉じようとする瞼に何とか抵抗して薄く目を開けると視界一杯に広がる金色。こんなに朝日は綺麗だったっけ、と思わず手を伸ばすといとも簡単に触れることができた。さらさらして、まるで人間の髪の毛みたいだ。……髪の毛?ああ、ジョセか。あれ?でもジョセはリビングにあったはず。あ、ジョセっていうのはフランス人形のジョセフィーヌのこと。もしかして何かがジョセに憑依して私のベッドに…?背筋がぞわぞわしてきたら金髪が大きく揺れた。

(や、やっぱりジョセに何か…!)

「んんー」

(男っぽい声…!)

動いた所為で布団が捲くれて現れたのは沢山レースがあしらわれたジョセのドレスではなく綺麗な男の人の背中だった。

(あれっ?)

疑問を感じたところでその人は大きく寝返りをうって、こちらを向いた。目を閉じたまま何度か瞼を動かしてからゆっくりと目を開けた。

「先輩…?」

なんで先輩が私のベッドに?その前にジョセのことで頭いっぱいで全然気付かなかったけど私も先輩も
(服、着てない…)
一気に頭が混乱して先輩が目が離せなくなった。先輩は数回瞬きをして目の悪い人が遠くを見るように目を細めてから見開いた。

「なまえ…ちゃん…?」
「は…い」
「夢?」
「現実だと思います」
「マジで?」
「マジで。」
「ああ、ええっと…ごめん。すげえ言い訳だけど全然覚えてない…」
「ごめんなさい。私も全く覚えてません」
「1ヶ月記念でここにきて、」
「外の小雨だったのが雷雨になったから泊まろうかってなって、」
「お風呂借りて、」
「お母さんがチョコ出してきて、」
「二人でそれ食べて、」
「食べた後から記憶がありません」
「俺も」
「何ででしょう」
「さあ…」

うーん、と二人して考え込む。さっきよりかはお互いに落ち着いて、でも落ち着いた代わりにこの状況がとても恥ずかしく感じ始めた。


****


どうしよう。どう詫びたらいいんだ。やることやっといて忘れるなんて男として最低だろ。しかも付き合ったことないっていうからなまえちゃん初めてだったろうし…(俺もだけど)よくわからないが痛いものなはずだ。俺もなんだか起きた時から痛い。

ふと目をやると俺と同じように考え込んでいたはずのなまえちゃんは顔を真っ赤にして俯いていた。

「ど、どうかした?」
「いっ、いえ、何でも」
「痛い?」
「えっ?あ、少しだけ…」
「ごめんな」
「そんなに謝らないでください。いいんです、先輩なら」
「…っ!」

思わず彼女を抱きすくめてしまった。反則だ、素直にそう思った。腕の中の小さな体にもまた俺の心臓は反応した。

「ありがとう」
「…でも」
「でも?」
「覚えてないなんて勿体ないですね…」

なんて、と彼女は照れたように笑った。勿体ないだなんて言ってもらう方のが勿体ないくらいだ。というか俺の方が数倍勿体ない思いをしているはずだ。

「あの、さ」
「はい?」
「今言うことじゃないかもしれないんだけど、」
「?」
「…もっかい、する?」

自分でも信じられない、普段の俺からは考えられない言葉がでた。彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「ご、ごめん。なんか変なこと言って…」
「…いい、ですよ?」

俺を見上げるようにして彼女は小さく呟いた。予想外の肯定の言葉に驚いた。

そしてどちらともなく目を閉じて、"初めて"キスをした



急速出世もいいところ
〜飛び級しました〜


テーブルに残るのはウイスキーボンボン!




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -