へにゃりと緩んだ頬
明日のプレゼンの準備のために同僚からの飲み会の誘いを断って残業中、一休みと思い喫煙室へ向かう。人を感知して自動で電気が付くタイプの部屋は誰もいなかったために真っ暗だったが私が部屋を入った所為で電気がついた。引き戸になっている扉を後ろ手に閉めると左後方に気配を感じた。
(もしかして…ゆ、幽霊…?)
恐る恐る振り返ると白髪頭の男の人が体育座りしていた。
「きゃああああ「ギャアアアアア!」
私の声に驚いたらしい男も悲鳴をあげた。
「さ、坂田くん…?」
「あ、先輩…」
目をぱちぱちさせながら私を見上げてくる男は後輩の坂田くんだった。
「何してんの?こんな時間にこんな場所で」
「落ち込んでたんスよ」
「何?彼女にフラれた?」
「…」
「ありゃ、図星?」
坂田くんは立ち上がると私を見下ろしてため息をついた。
「彼女じゃないんですけど昨日告ってフラれました」
「あらそう…坂田くんモテそうなのに」
「でもその人その時眠かったみたいで覚えてないんスよ」
「へえ…よかったじゃない、まだチャンスがあるんだから」
「そっすかねー」
「そうよ、こんな所でこんなことしてる場合じゃないんじゃない?」
「んー、じゃあ頑張ってみます」
「ん、頑張んなさい。私ジャケットに煙草忘れたから取ってくるね。坂田くんも…っ!」
そろそろ帰りなね、と言おうとしながら引き戸の取っ手に手をかけたら言葉を遮られた。香水ではなさそうな甘い匂いと温かい体温に包まれた。
「え、ちょ、坂田くん?」
「はい」
「いや、はいじゃなくて離してくれる?」
「嫌です」
「嫌って言われても…」
「先輩が俺と付き合ってくれるまで嫌です」
「…はあ?」
「覚えてないだろうけど昨日残業で二人だった時に…」
「私が坂田くんをフッたの?」
「そっすよ。どうしても嫌なら無理にでも逃げてください」
私は後ろから坂田くんに抱きしめられていて、坂田くんは私の首元で消え入りそうな声で喋る。
(こんなの、逃げられるわけないじゃない)
「…逃げないんすか」
「逃げる理由もないしね」
「先輩、」
「なに?」
「すげえ好き」
へにゃりと緩んだ頬
(え、何で笑ってんすか)
(んー?坂田くん可愛いなあと思って)
(馬鹿にしてます?)
(だって心臓すごく早い)
(……)
(ほら、可愛い)
(…早く帰りましょーよ)
(あ、ごまかした)