ジーザス!ジーザス!



「オイなまえ、帰ぇるぞ」

「はいはーい」

放課後、いつものように晋助と教室を出るとドアの側に綺麗な顔立ちの女の子がいた。
話したことはないが知っている。隣のクラスのマドンナ的な人だ。間近で見たのは初めてだが、本当に美人さんだ。


「あの…、」


マドンナが消え入りそうな声を出した。晋助は聞こえていないのか、スタスタと歩いていってしまう。

(晋助に用じゃないのかな)


「高杉くん!!」

晋助がマドンナの前を通り過ぎた瞬間、マドンナが叫んだ。

「あァ?」


晋助は振り返ってマドンナを見た


「あ、あの、これから少しだけ時間いいですか?」


またもや消え入りそうな声を出した。


「面倒臭ェ。」


それだけ言うと晋助はまた歩きだしてしまった。


「ちょ、晋助!」


私は晋助のワイシャツの裾を引っ張った。


「何だァ?」


「いや、何だじゃなくて行きなよ」


「何で」


「だってさ、私が隣にいるのに声かけてきたんだよ?凄い勇気じゃん。それになによりも泣きそうな顔して立ってるマドンナがいたたまれないじゃない。」


「面倒臭ェ」


「私は先帰ってるからさ!早く行ってきて!なんか私が申し訳ない」


晋助は少しだけ考える仕草をした。


「…ったく、そんなに言うなら行ってやるよ。そのかわり、帰んな。待ってろ」


「うん、わかった。じゃあ教室で待ってる」


よかった。これでマドンナの勇気は報われる…。晋助は今にも泣きだしそうなマドンナの方へ向かって行った。晋助に気付いたマドンナは顔を上げると、泣きだしそうだった顔を赤らめた。それを確認してから私も教室へ向けて歩きだす。晋助とマドンナは場所を変えるらしい。晋助は本気で面倒臭いのか、眉間にシワがよっている。

私は教室に向かっていて、晋助たちは教室を離れようとしているので、私たちはすれ違う形になった。マドンナは相変わらず頬を赤くしていて、晋助は眉間のシワが更にひどくなっている。
そしてすれ違いざまに晋助は私に話しかけた。


「この見返りは高くつくから覚悟しとけよォ」

「え?」


一瞬のことで頭が働かなかった。立ち止まって後ろを振り返るが、もう晋助たちは遠くなっていた。
(なんか私が大変なことになりそうだ…)


助けなきゃよかったかなとか思いながら私はまた教室へと歩きだした。窓が開きっぱなしの誰もいない教室へ入ると、私は帰るために持っていた鞄を窓際の席に置いた。誰の席だかは忘れた。でも鞄を置かせてもらったくらいで文句を言われたりはしないだろう。私は開いている窓から外を見た。今日は冬晴れで、昼は暖かくて空がとても綺麗だった。
放課後の今はもう日が傾いていて空は夕日に染まっている。気温も昼間ほど暖かくなくなっていてブレザーを着ていても少し肌寒いくらいだ。そんなオレンジ色の空を見上げながら私はそれとなく唄を口ずさむ。


「ジーザスジーザス…」


なんで彼氏が他の女の子の告白を受けている時に切ない恋の唄を歌っているんだろう。しかもYUKIちゃんの可愛い声は完全無視で暗く歌う。でもまあ、歌いだしてしまったものは仕方ない。気持ちはもうコレなのだ。


「長い髪のわけは、彼にさわられたかっただけ…」


そう歌いながら私は背中ほどまで伸びた自分の髪の毛を触った。私は晋助と付き合い始めてから髪を伸ばし始めた。それまでは肩くらいまでで、肩を越えたら切ることにしていた。晋助と付き合い始めて間もなくして、私の髪が肩を越えていることに気付いた。切らなきゃなぁと呟いたら晋助に切るなと言われたんだ。長い方がいいって。それから私は髪を伸ばしている。

そう考えていたらなんか自分が嫌になってきた。なんで私に好きとも、ましてや愛してるとも言わない男のために髪を伸ばしているんだろう。それになにより、なんで他人が彼氏に告白するのを後押ししてんだろう。そんな、好きとも言われない、言わない関係だというのに何処から自信が湧いてくるんだろう。

涙が出てきた。

私は外を見るのをやめて、窓の傍に座りこんで自分の膝に顔をうずめた。色んな気持ちが混ざった涙は止まらなかった。切なくてしかたなかった。スカートが濡れていくのが少し気持ち悪いけれど、仕方ない。

晋助にマドンナを取られてしまったらどうしよう。そもそも晋助は私を好きなのだろうか。なんで私なんかと付き合っているのだろうか。マドンナと争っても勝ち目はないじゃないか。ああ、本当に助けるんじゃなかった……


引っ切りなしに溢れ出ていた涙を拭って無理矢理止めた。


「…帰ろう」

「帰んなっつったろうが。」

「!」


顔を上げると晋助がいた。不満げに私を見下ろしている。


「泣くくれぇなら無駄な親切すんじゃねぇよ。馬鹿」

「晋助…」

「あんな面倒臭ぇ奴の相手させやがって」

「…ごめん」

「帰んぞ」

「……」


私が黙っている間に晋助は私に背中を向けてドアの方へ向かって行く。


「晋助っ!」


私はその背中に叫んだ。


晋助は足を止めて私の方へ向きなおった。私は早足で離れてしまった距離をつめて、私より少し高い場所にある晋助の顔を見た。


「晋助、」

「何だ」


伝えよう。
私の気持ち。
少しでも長く一緒に居たいから


だから、


ジーザス!ジーザス!



お願いです、この顔の熱を消すだけの勇気を下さい


「私、晋助が好きっ!」

「ククッ、そんなこたァ知ってる」


晋助は喉を鳴らして笑った。
そしてまたすぐに背中を向けて歩きだして廊下に出た。
私も晋助の後を追うようにして教室を出た。

なんだか決死の告白をさらりと流されてしまった。
うん、たしかに気持ちを伝えることは出来た。
それに関しては満足だ。
でもまだ残っている。



校門を出て、いつもの道をいつものように二人肩を並べて歩く。


「ねえ晋助、」

「あァ?」

「晋助はさぁ、なんで私と付き合ってるの?」

「……好きだからだろう」

「私を?」

「あァ」



そうか、聞けばよかったのか。
聞いてしまえばこんなにも簡単に答えが手に入るんだ。



「おめェは溜め込み過ぎなんだよ。」

「うん」

「聞きたいことがあんなら聞け」

「うん」


晋助は全てお見通しだ。悔しいけれどその通りなんだ。それだけ私を見てくれてるんだなあと思うと自然と頬が緩む。


「あっ!」

「んだよ」

「あのさ、私とマドンナ、どっちがいい?」

「あァー、そうだなァ……顔はあいつのがいいが、胸はお前のがでけェ」

「えっ!?ちょ……えっ!?胸?胸なの?私、胸だけ!?」


そう言いスタスタと歩いていく晋助にツッコミを入れながら私は小走りで彼を追った。
そしてまた肩を並べた。


「私の家、こっちじゃないよ?」

「知ってらァ。俺ん家に向かってるからなァ」


私が何故だかわからないという顔をしてると晋助は口角を上げてこっちを見た。


「ククッ、覚悟しとけっつったろうが。」


あ……やばい……本気だ…


「安心しろ、今日は誰もいねぇ」


晋助が今日、やけに早く帰りたがった理由がわかった。

(お母さんに電話しなきゃ…)


やっぱり髪は伸ばそうと決めた。
大好きな彼のために。






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