幸せの時間はこれから




もう何年会っていないんだろう。
彼が攘夷戦争に行く朝、見送ってから彼は帰ってこない。帰ってくると言ったのに。絶対に帰ってくると言ったのに。彼は帰ってこない。

彼が帰ってこなくなってから初めて彼の顔を見たのは指名手配書の写真だった。片目を包帯で覆っていて、顔つきも少し変わっていたけどはっきり晋助だと認識できた。そして私達は住む世界が全く変わってしまったんだともわかった。でも、それでも、私の晋助への愛は変わらなかった。消えなかった。どんなに消そうとしても私の頭から心から彼が消えることはなかった。

もう住む世界が変わってしまったのだ。
どうせ会えないのならば忘れた方が楽。そう何度も自分に言い聞かせてきた。でもそうやって言い聞かせても彼への想いが濃くなっていくだけだった。だから私はまだ彼を待っている。彼が帰ってこないことを知りながら。



彼は鬼兵隊というのを率いているらしかった。いっそ私もその鬼兵隊とやらに入れば晋助に会えるかもしれないと思ったこともあったが、私は一般人だ。普通の。人と武器を使って戦ったことなんてないし、その前に殴り合いの喧嘩だってしたことがない。本当に晋助に会う希望は薄かった。でもだからといって私は鬱になったりしたことはない。そりゃあ、恋人がいなくなってしまったんだから結構なショックを受けたけど私はちゃんと手に職をつけている。一人暮らしだってしているのだ。自炊やら掃除やらの家事もしっかりこなしているし、両親に心配されるような生活はしていない。病気もしていない、いたって健康的な生活を送っている。


空の下の部分はまだ明るく、でも大半はもう夜に飲み込まれている。
完全に日が暮れるまでもうそんなに時間はないだろう。


「早く買い物済ませなきゃ」


そう小さく呟いて私は足を早めた。さっさと買い物を済ませなければ暗くなってしまう。今日は仕事が長引いてしまったから買い物をする時間が遅くなってしまったのだ。最近は辻切りやらなんやら物騒で暗くなってからの外出は危ないという真選組からのビラが郵便受けに入っていた。用心するに超したことはないだろう。

普通に歩くよりは早足になってはいるものの着物を着ているから、そんなに速度が変わっていない。周りの人達も足が早くなっている。私は早足をやめて小走りにした。

小走りにした所為かいつもより早く橋が見えてきた。あの橋を越えたらスーパーだ。そう思ったら橋が消えた。



…………消えた…?
次の瞬間私の目の前には地面があった。

(あ……)

身の危険を感じて私は目をつぶった。顔面にくるであろう痛みを覚悟したが、腹部に軽い衝撃がきた。


そして地面が遠ざかっていった。結構な力だ。でも私を起こしてくれたのはとても綺麗な女の人だった。着物も綺麗な物を着ていて、凄く似合っている。ただ一つ、前髪によって片目が隠れてしまっているのがもったいない。

「あ、ありがとうございます。すみません」

彼女は立ったまま固まっている。ぼーっと私を見つめて。何か変なことを言っただろうか。いやいや、ありがとうとすみませんだけだ。何でもないはず。


「あのー、どうか」

されましたか、と言おうとした瞬間、

「オイ、」


横からいきなり声をかけられた。振り向くと

「高杉晋助を見なかったか?」

瞳孔が完全に開いて息切らし気味の鬼の副長さんがいた。怖い……

「見てませんけど……」

私がそう言うと副長さんは軽く礼を言って走っていってしまった。晋助がこの辺にいたのだろうか。逃げてしまったみたいだけど。しばらく走っていく副長の姿を見ていると女の人の方から物凄く男らしい舌打ちが聞こえた。驚いて振り返ろうとした瞬間、私の腕が引っ張られた。


「っ、」


わけのわからない私は声が出なかった。気付くと女の人の綺麗な顔が目の前にあった。彼女の片目ははしっかりと私を見ている。驚いて身を引こうとしたが腰に手をまわされてしまって動けない。せめて女の私でも緊張してしまうくらいの綺麗な顔から顔を背けようとするが、後頭部にもう片方の手が添えられてしまってそれも叶わなかった。

どうしようかと目を泳がしていると彼女の長い前髪が私の目元にかかった。何故彼女の前髪が私の目元にかかるのだろう。そして何故私の唇が温かいのだろう。

…………あ、私、キスされてる。
それに気付いて間もなく彼女の舌が私の咥内に侵入してくる。侵入してきた舌は私の歯列をなぞり、奥で動かない舌に無理矢理自身を絡める。

ここまできて自分が呼吸をしていないことに気付き、鼻から空気を吸おうと試みるが足りやしない。苦しさから涙ぐんできた。


「ふ、あ、」


口からも何とか酸素を得ようとするが、くぐもった甘ったるい声が出るだけだった。
そんな私の状況を知ってか知らずか彼女の唇がリップ音を立てて離れた。それと同時についに溢れてしまった私の涙を彼女の指が掬った。私が肩で呼吸していると、どちらのものともわからない唾液に濡れた口を彼女は開いた。


「ククッ、数年ぶりの再会がこんななりとはなァ」


聞き覚えのある低い声が私の耳に届いた。
ずっと、ずっと、聞きたかった声。
私の耳が、頭が、体が、私の全てが求めていた声。


「晋、助?」

「あァ」


顔は綺麗な女の人なのに声は女の人の声とは掛け離れた声。なんだか不思議だ。

酸欠の所為ではない涙が溢れた。ああ、もう止まらないじゃない。せっかく何年ぶりかに会えたのに視界がぼやけて顔も見えやしない。聞きたいことだって沢山あるのに情けない鳴咽に掻き消されてしまう。


「なまえ、家は」


「変わって、ない」


鳴咽混じりにそう返すと晋助は私の手をとった。そして歩き出した。


「し、晋助?」

「お前ん家。さっさと泣き止め」


うん、と小さく呟く。そして少し強引に手を繋いでいない方の手で涙を拭って早足で晋助の隣に並ぶ。


「お買い物まだだから何も無いよ?」

「あ?要らねぇよ。今お前しか食う気しねェ」


その発言にどう対応していいか分からなくて俯くと、変わんねぇな、と呆れたような声で呟かれてしまった。でも嫌じゃない。寧ろ嬉しい。呆れたような声をかけられたからじゃなく、晋助の声が耳に届くのが。もうとっくに日が暮れてしまったけど、怖くない。不安にもならない。右手から伝わる晋助の体温があるから。



幸せの時間はこれから



残念ながら今日の夕飯は食べられないみたいだけど、しかもかなり疲れるだろうけど、それはきっと幸せの始まり。


(ところで何で女装なの?)
(来島が変装するなら女装だって言いはったんだよ)
(誰だかわかんないけど来島さんナイス…!)
(なんか言ったかァ?)
(い、いえいえ何も!)





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