私しか知らないでしょ?
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピピピピピピピピp―――
「んんー」
短気な目覚ましを止めてふぁあ、と大きく伸びと欠伸をする。時計はきっかり6時半を指している。まだ寝たい…その気持ちは山々なのだがそうはいかない。何故かって?
それは晋助の所為だ
学校には最近来てることは来てるんだけど来るの昼休み頃だし授業に出ないものだから欠席扱いになっている。それを昨日銀八先生に告げられた
――「あいつこのままじゃ卒業できねーからお前が朝起こして連れて来い」
「うわっ人任せだよ。担任のくせに」
「あーあーそんなこと言っちゃっていいわけ?
別になまえじゃなくてもいいんだよ、他の高杉を好きな女子に頼ん「やらせていただきます!」」―――
(最低だ。最低な教師だ。)
むくりと起き上がって支度を手早く済ます。昨日のことを思い出していたら少し時間が経ってしまった。いつもなら長いから横に結わう髪も今日は時間がなさそうだ。仕方なく髪はそのままに家を出た。私の家から晋助の家まではまあ走って5分弱。晋助の家から学校まで歩いて15分。先生の言い付けでは8時までに学校に着けばいいから普通なら余裕。でもあの晋助がそんな素直に起きてくれるわけがない。
…まあ、素直だったら気持ち悪いんだけど。
走った所為で息が荒くなってしまったが着いた。よかったよかった。晋助の家はマンションだ。でかい高級マンション。まあ昨日初めて教えてもらったんだけど。普通の一軒家に住む私には随分入りにくい。
ちょっと恐る恐る部屋番号を押…
ウィー
「!」
横の自動ドアが開いた。まだピンポン鳴るやつ押してないのに!
中から出てきたのは若い女の人だった。女の人は何気なく私の手元を見ると。
「あら、うちに用?あ!もしかして晋助の彼女?」
「えっ、あ…はいなまえです」
「なまえちゃん?嬉しいわぁ。あの子一度も彼女なんて家に呼んだことないのよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよぉ。ちょっと心配だったんだから。でもよかったわ、お母さんこれで安心。」
「お母さん?」
「ええ、晋助の母です。」
そう言って丁寧に頭を下げてくる。
…お母さん!?
何だそれ。ずるいだろ、こんな綺麗で若いお母さん居たらずるいだろ。ちょっと年上のお姉さんだと思ってたのに…!
「どうかした?」
「い、いえ!お姉さんかと思ったので!」
「あら嬉しい。あ、もう時間がないわ。いつでも遊びに来ていいからね!」
「はい!」
「またね!」
そう言い手を振ってぱたぱたと走り去っていった晋助ママ。ああいう人から生まれてくるとあんな整った顔になれるんだということを学んだ。知ってたけどね!整った人からしか整った人生まれて来ないとか知ってたけどね!
美形家族に嫉妬しながらお母さんが出てきたことで開いた自動ドアから中に入る。エレベーターで晋助の部屋の階まで行ってドアの前に立つ。
(緊張する……)
鍵は昨日晋助から渡されている。でもやっぱり他人の家を他人の家の鍵で開けるというのはあまり慣れない。ていうか初めて。恐る恐る鍵穴に鍵を入れて回すと解錠の音がした。そしてノブを回して中に入る
「お邪魔しまーす…」
控えめな声で挨拶をしてみるが応答が無い…。
「晋助ー?」
またしても応答無し。
上がってもいいってことなのだろうか。まあ鍵を渡されたんだから上がらせてもらっても文句は言われないよね、きっと……多分…
履いていた革靴を脱いで揃える
女の子だからね
このくらいしないとね
うんうん、と頷きながら廊下を見る
ドアはいくつもあって、それだけだったらどこが何の部屋かさっぱりわからないけど全てのドアに可愛い板が掛かっていてわかりやすい
きっとお母さんの趣味なんだろう
廊下を進みつつドアをチェックしていけば3つ目のドアで足が止まる
"しんすけ"って書いてある
可愛いハート付きだ
思わず吹き出してしまった
可愛すぎるだろう
面白い…
にやけながらその"しんすけ(はーと)"のドアをノックする
「晋助ー?」
……応答なし
開けていいのだろうか………まあ時間無いしいっか
「開けるよー」
開けるとそこは薄暗くて質素な部屋。綺麗は綺麗なんだけど白黒だ。可愛いドアとは大違い。
壁際のベットに埋もれている奴に近付いて寝顔を拝見。うん、今日も素敵なマイダーリンだわ。なんか顔赤い気がするけど。
「朝ですよー」
声をかけると眉間に皺がよる。懲りずに声をかけ続けると、やっと薄く目が開いた。涙目っぽいのは気のせいだろうか。
「晋助?」
「…だりィ」
いつもより更に声が低い…ちょっと失礼、そう言って晋助のおでこに手を当てる。…わお、フィーバー。汗をかいてる姿なんか滅多に見ないけど、じんわり汗が滲んでいる。
「晋助、熱ある」
「…みたいだなァ」
薄く開けられてた目も閉じられてしまった。あれだよね、看病するべきだよね。弱ってるんだもんね。
とりあえず冷やすものを探そうとおでこから手を離そうとしたら熱い手が私の手を掴んだ。いつもなら絶対冷たいのに。それに私の手を掴む力も弱々しい。
「私冷やす物取ってくるだけだから」
そう言うと手が離された。よしよし、と何度か晋助の頭を撫でて私は部屋を出た。
(突き当たりがリビングに見えたような……)
突き当たりのドアを開けた。広々なリビングに圧倒されつつ台所に向かう。
勝手だが冷蔵庫を開けさせてもらう。色々探すがひえピタは無いらしい。ひえピタした晋助を見たかったので少し残念に思いながら、冷蔵庫を閉めて手頃なボウルを探し出す。その中に氷と水を入れる。洗面器を普通なんだろうけどお風呂場にまで入るのはあまり気が進まなかったのでやめた。タオルも同じ理由で私のを使うことにする。そして氷水の入ったボウルを抱えて晋助の部屋に戻る。
もう一度晋助のおでこに手を当てるとさっきよりも熱が上がっている。これはやばいと急いで鞄の中からタオルを出して、氷水に浸す。それから適度に絞って晋助のおでこに乗せる。乗せた瞬間ぴくり、と動いたけど目は閉じたまま。
何か食べさせて薬も飲ませた方がいいんだろうけど、今はきっと食べてくれないだろう
しばらくしたら何か作ってあげよう、と考えながら制服のスカートに入っいる携帯を取り出す。
開いて時間を見ると8時半。
明らかに遅刻。
まあ遅刻ならない時間だったとしてもこんな晋助を置いて学校に行く気にはならないんだけど。
(今日は休もう)
そう決意して携帯のパネルを押す。そして携帯上部を耳に当てると発信音がする。しばらくしてから発信音が途切れて聞き慣れた声が耳に届く。
『オメー、誰が二人ともサボれっつったよ』
「あー先生、私達今日休みますー」
『は?』
「あ、ちゃんと晋助の家まで来てるんですよ?でも晋――」
そこまで言って言葉が途切れた。というか途切れさせられた。いつの間にやら上半身だけを起こした晋助に口を塞がれた。
「!?」
何をするんだと抗議の目を向ける。しかし呆気なく無視され、晋助に携帯を取り上げられた。
「銀八ィ、今日はこいつ俺が預かる」
それだけ言うと電源ボタンを押してパタンと携帯を折り畳んで、私を見ずに渡してくる
私がそれを受け取ると掛け布団に落ちた濡れタオルをそのままにまた横になってしまった。でも今度は私に背を向けて。
「ねえねえ、」
後ろから覗き込むようにして離しかける
「風邪ひいたって言われるの嫌だったの?」
「……るせぇよ」
そして布団を鼻くらいまで引き上げてしまう。そんな晋助を見ながら私は緩む頬をどうにもできなかった
だって晋助のこんな行動、
私しか知らないでしょ?
「いつまでにやけながら人の顔見てんだよ…」
いつまでも私がにやけ顔なものだから晋助は仰向けになって呆れたように言ってきた。
「ごめんごめん……なんか食べたい物とかある?」
「あ?今はいい。寝る」
「そっか、じゃあ私も朝早かったんで寝させてもらいます。起きたら起こしてね」
言いながら落ちていた濡れタオルを晋助の額に乗せる。それからベットの横にもたれ掛かるように寝る体勢をとる。
「オイ、」
「んー?」
「そこで寝んのか?」
「邪魔?」
「違ぇよ」
「ああ、大丈夫大丈夫。私だいたいどんな体勢でも寝れるから」
「それも違ェ。……彼氏の隣が空いてんのにそこで寝んのかって言ってんだよ」
「……いいの?」
「断る理由なんざねーよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言って晋助の隣に失礼する
布団の中は暖かくて凄く安心できる。
その心地よい世界の中で私は眠りに落ちた
(寝んの早ぇーよ)
(つーか、んな顔して寝るなっての)
(…くそ)
高杉くん、熱は下がりそう?
当分下がりそうもねーよ