お花畑の女子高生 2


「あたしはね、ここじゃないどこかに行きたいの」

 北瀬の父親は、近所では悪い意味で評判だった。何も話そうとしないから、親との関係がどういうものかは分からない。

 流行りの歌は知らない。そもそも歌手にも芸能人にも興味がない。好きなのはゲームのサウンドトラック。好きな番組はニュース特集。クラスメートと話を合わせようとしない北瀬は、変人のレッテルを貼られていた。

 学校は楽しくない、家でも落ち着けない。なら現実から逃げるしかない。中二病ここに極まれりだ。

「選ばれし者が逝ける世界。色んなしがらみを解き放って、自分らしくなれる場所。そこではねぇ、孤独な神が民衆を支配しているの」

 ゲームの中の世界にどっぷりトリップしているような表情で、北瀬は椅子から立ち上がった。芝居がかった大袈裟な仕草で宙を見上げ、そこにある何かを迎え入れるように両腕を広げる。

 可憐な容姿だけ見れば、夢見る乙女にも見えるだろう。だが中身を知っている俺としては、宇宙と交信している怪しい思想の持ち主にしか見えない。

「そこであたしは神に寵愛されるんだけど、虐げられる民衆を見ていられずに、神に反旗を翻すのよ。まず、各地で仲間を募るの。多重人格の魔術士、記憶喪失の剣士、裏切り者の僧侶、他にもいろいろいるけど全員美形ね。そして反乱軍を結成、神の城に殴り込み! あたしだって戦うわ、古に封印された聖剣を手にして! くぅ〜、血が騒ぐ」

 口下手な奴は、自分の好きなことに限ってはベラベラ喋る。俺以外の奴に話しかける時は、何を話せばいいのかまごまごしているこいつは、妄想を語る時だけは生き生きしている。授業中も休み時間も、痛んだ魚の目をしてるのに。化学なんかでグループをつくらなきゃならない時は、今にも死にそうだ。

「で、神には勝てるのか?」

 俺は話にのってやることにした。こいつの学校での楽しみは、これぐらいしかないんだろう。孤独によるストレスが原因で自殺しました、じゃ洒落にならない。

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、北瀬はにんまり微笑んだ。えくぼが何とも愛嬌のある表情を作り出す。

 顔は悪くないんだし、妄想は控えて、もう少し周りに合わせる努力をすれば、孤立することもないだろうに。

 実際最初の一ヶ月は打ち解けようと頑張っていた。高校デビューという奴だ。笑顔を欠かさず話しかけ、率先して話題を振る。俺達のクラスには、中学から一緒だった奴らは少なかった。初対面の奴が多かったから、多少話題のネタがズレていても気を使ってくれた。しかし時間が経つに連れグループが別れてくると、北瀬は他と積極的に関わるのを止めた。明るい自分を演じるのは疲れるらしい。

 三ヶ月経った今となっては、変人の称号を撤回するのは無理だろう。ゼロになった関係の経験値を地道に積み上げていく。北瀬にそんな気力はないし、魅力も感じていないらしい。

 北瀬だけじゃない。中学で空気のようだった奴らも高校生になり新規一転、違う自分をつくろうとしたが夢破れ、今では背景のように教室の隅でくすぶっている。

「苦しい戦いになるわ。数多くの死傷者が出る中、あたしの剣が神を打ち砕く! そして世界に平和が戻るのよ。神の側近から、新しい神になってほしいって言われるけど、面倒だからパスね」

 死後の世界なのにまだ死ぬのか。そいつらはどこに逝くんだ。また現世に戻ってくるのか? 無限ループって怖くね? それになんで神が当たり前に存在してるんだよ。仮にいたとしても、人間が束になっても殺せるはずないだろ。

 即興で考えた世界観は突っ込みどころ満載だ。そして、何と言っても主人公にとって都合のいい世界過ぎる。

 北瀬は夢のような物語に自分を投影して、慰めている。駄目だこいつ、早くなんとかしないと。

「へ、へえ……じゃあ、神が死んだ後はお前、どうするんだ?」

 悪役を倒し、自分が英雄として奉りあげられているところしか想像していなかったのだろう。キョトンとした顔をする。驚いた猫に似ていた。

「そりゃあ、“いつまでも幸せに暮らしました”よ。文句あっか!」

「いや、ないけど……」

 自分を、周りの環境を嫌悪し、居場所はここではないとあがく。違う場所、もっと素晴らしい世界に自分の本当の居場所がある。そこに行けば自分も、世界も望む通りになる。そんな中学生も抱かない幻想を追い求めて。

 人がいれば社会がある。ましてや、常識が通用しない異世界だ。もしも北瀬が夢見るような世界があるとしても、決してこいつの思い通りにはならないだろう。対人との関わりを苦手とする北瀬のこと。まず、良好な人間関係を構築することにすら難儀するはずだ。

 どこにいても、苦しみがある。だから与えられた環境で、少しでも快適になるように努力しなくちゃならない。本当は北瀬だって分かってるはずだ。でも、意識は今を向いていない。そしてたぶん、これからも。

「……あ、でも第二の世界に逝ったら、月島に武勇伝聞かせてやれなくなるね。それは少し悲しいかな」

 へへへっと、照れたように笑った。昔から変わらない笑い方だ。現実に背を向ける姿勢は評価できない。だが、突拍子のない話を嬉しそうに語る北瀬は、悪徳業者に騙されそうな純粋な北瀬は好きだった。

 だから、北瀬の言葉が嬉しかった。昔も今も、変わらない場所に俺がいる。いつか、俺がいる現実にも目を向けてくれたら。そう、思った。


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