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今から約三ヶ月ほど前、俺、綾部奈知の姉、知香から結婚式の招待状が届いた。
べつにこんなの送ってこなくてもラインなり電話なりして言ってくれればいいものを、その招待状の返送ハガキの参加・不参加に丸をするところにすでに参加の部分に丸を付けられ、不参加の文字を消されている状態で送られてくる。さらに【 雄飛くんと一緒に来てね 】って書かれていてあのクソアマ何を考えているのか意味が分からない。ただの食事会じゃねえのに、こんな大層な場に雄飛を呼ぶなんて。
俺ですら姉の結婚式とは言えそんな大層な場に行くのは嫌なのに、雄飛なんてもっと嫌に決まってる。雄飛を困らせる事は俺が絶対阻止しないと!…と、この招待状を見た瞬間に俺は姉に断りの電話を入れたが、あのクソアマ『え〜?連れて来なよ〜、べつにご祝儀とか要らないし雄飛くんと美味しいご飯食べてお姉ちゃんの事祝ってくれるだけで十分だから〜』と言って、俺の断りの言葉はちっとも聞き入れてもらえなかった。
雄飛から金を取る気は無いらしいからまあ話すだけ話してみようと、高校を卒業して春休み中の雄飛にチラッとその話をしてみたのだが、雄飛は『結婚式…?』って言って固まっていた。
そりゃそうなるわ。俺のねーちゃんに雄飛一回しか会ったことねえのにいきなり結婚式なんか呼ばれても困るよな。
雄飛に話してはみたものの、べつに俺は雄飛に来いって言ってるわけではなくて、“姉にこう言われてる”っていう話を一応しただけだから、続けて『大丈夫、ちゃんと断っとくから』って言ったのだが、雄飛は何を思ったのか『ん〜。』と考えるような声を漏らし、それから暫くして『いや、行くわ。』って返事をしてくれた。
『…え?来てくれんの?』って、俺は呆気に取られながら雄飛の顔を見つめる。
親しくもない人の結婚式なんて絶対行くの面倒なのに、俺の姉だからって雄飛に無理させてるんじゃねえかな?って俺は不安になって『無理しなくていいからな?』って言ったけど、雄飛は『べつにしてない』って言うだけで、それ以上はあまりこの話はしないまま早くも三ヶ月が経ったのだった。
そして六月上旬、ジューンブライドと呼ばれる月に結婚式を挙げやがる姉は、念押しするように結婚式の一週間前に俺に電話をかけてきた。
『あっ、もしもし奈知〜?確認だけど結婚式次の日曜日だからね〜。忘れないで雄飛くんと一緒に来てね〜。』
“雄飛くんと一緒に”…やけにそればっか強調してくるからイライラする。ママとパパには一度も雄飛を会わせたことねえのに、姉により問答無用で両親に会わせる場を作られてしまいムカッとする。
ママとパパにはなんて言ったら良いんだよ、俺の後輩で、ねーちゃんとも仲良い、とか言うの?…いやいや、全然仲良くねえし。おかしいだろ、ねーちゃんだって一回しか会ったことない雄飛が結婚式になんか来てたら。どんだけ親しい人なんだよ、ってなるよな?…あぁもう、どうしたらいいんだよねーちゃんのバカ!
しかし憂鬱になる行事こそあっという間に当日を迎えてしまい、早くも結婚式の当日だ。
雄飛との待ち合わせ場所の駅で雄飛が来るのを待っていたら、すらっとした背丈でスーツ姿がかなり様になっている雄飛らしき男が歩いてくる。
……え?あれは雄飛?って、俺は一瞬目を見張る。
何故なら、いつも金髪や金髪メッシュで派手だった雄飛の髪色が、茶髪でおとなしめの髪色になっていたからだ。あと髪型もいつもよりなんかスッキリ爽やかな感じ。
そして、「なっちゃんお待たせ」って俺の目の前でひらりと手を振りながら立ち止まった雄飛に、俺は興奮して震える手で口を押さえながら雄飛を見上げる。
「えっ…、雄飛やばい…、かっこいい……っ」
まるで乙女にでもなったような気分だ。大学の入学式の日にもスーツを着ていたはずだけど、あの時はヤンキー丸出しだったのにどうしてこうもイメージが変わるんだろう…、と不思議に思いながらジロジロと雄飛の事を舐め回すように見ていたら、雄飛は「ふはっ」って吹き出し、「見過ぎ見過ぎ」って俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でながら笑ってきた。
どうしよう、胸がキュンキュンする、やばい勃ちそう…。まじ抱かれたいんだけど、今すぐ。
「これ入学式の時とは違うスーツだよな…?なんか別人みたいにかっこいいんだけどなんで…?」
…いや、決してヤンキー雄飛のことをかっこよくないって言っているわけじゃなく、今日の雄飛がいつも以上にかっこよすぎて今かなり失礼なことを言ってしまった気がする。
しかし雄飛は俺の発言にはまったく気にして無さそうで、チラッと自分の身体を見下ろしながら「矢田先輩に見繕ってもらった」って言ってきた。
「矢田くんに?」
「うん、『奈知の姉ちゃんの結婚式行くことになったから気をつける事あります?』って聞いたら『当日の朝家に来い』って呼ばれて。これ矢田先輩が成人式で着たスーツ貸してくれた。」
「えぇ!わざわざ矢田くんち行ってきたの!?」
確かに、雄飛が着ているスーツは言われてみれば矢田くんが好きそうな色味のシンプル且つおしゃれな物だ。こう言うのもなんだけど、矢田くんの私物って分かると余計に品があるように見える。
「始発で電車乗って行ってきた。俺が家上がらせてもらっても航先輩まだぐーすか寝てたぞ。ベッドの横で喋ってても全然起きなかったし。」
「言ってくれたら俺も行ったのに!!」
「いや、なっちゃんも準備あるだろ。」
「えぇ〜…。それでも言ってくれたら行ったのに…。」
雄飛の話を聞いてから改めて雄飛の姿を見れば、髪型まできっちりとワックスか何かでセットされていることに気付く。あと首元のネクタイや、スーツの着こなしとか。矢田くんにしっかりチェックされたんだなってすぐに分かる。
「髪色も矢田先輩に指定されたんだよな。金は絶対やめとけってめちゃくちゃ口煩く言われたわ。あと初めて美容院でがっつりカットとカラーもしてきた。めっちゃ値段高かった。」
「えぇ…、ごめん…、じゃあ俺金払う…。」
「あーわりぃ、違う違う。結婚式のために金掛けてきたとかそういうことを言いたいわけではないからな。矢田先輩に言われた通りちゃんときっちり準備してきたからそれなりに見た目は整えられたはずって言いたかっただけ。あの人朝からすげー張り切って準備手伝ってくれてさぁ、『ポケットに手突っ込んでだらだら歩いてんなよ』とか『フォークは左手、ナイフは右手』とか、延々と喋ってんの。お人好しすぎんだろ。」
「え〜…矢田くんのマナー講座俺も受けたかった。」
『矢田くんのマナー講座』ってサラッと俺の口から出た瞬間、クスッと笑ってくる雄飛。ナイフとかフォークとか、そんなん俺だってよく知らねえもん。
「マナー講座っつーか、俺が奈知の両親に初めて会うことを気にしてくれてるっぽい。最初の印象大事だからって。奈知のお母さんってかなり奈知のこと可愛がってるらしいじゃん、だからできる限りヤンキーっぽさはしまっとけって言われたわ。まあそうだよな、可愛いなっちゃんがヤンキーと連んでたら嫌だよな。」
「…べつに、ヤンキーっぽくても俺はそんな雄飛を好きで付き合ってるんだから、雄飛がそんなこと気にしなくていいよ…。」
「いや、俺が気にしてるってわけではなく、矢田先輩が言いたいのは『念には念を』って事だと思う。良い印象持ってもらえるためなら準備しといて損は無いだろうってさ。」
「ふぅん…、気を使わせてごめんね…、今日の雄飛すっごいかっこいい…。ママも多分俺と同じ反応すると思う…。あっ…」
え!…待って!?しまった…!!!!!
雄飛の前で『ママ』って言っちゃった!!!!!
言ってしまった後ではもう遅くて、顔面はカッカと熱くなり、あたふたしながら雄飛の顔色を窺うと、雄飛に「ママ?」って繰り返され、クスクスと笑われてしまった。
最悪だ…!結婚式中のマナーとかそういうのより、俺が一番気を付けようとしていたことなのにまさかこんなに早くボロを出してしまうなんて…!
恥ずかしすぎて何も言えなくなり、下を向いた俺の頭の上に雄飛の手が乗り、また髪を撫でてくれた。
「なに恥ずかしがってんだよ?母親のこと『ママ』って呼んでんの気にしてるから?」
「えぇっ!?なんでそこまで知ってんの!?」
「ははっ、すげえ、当たりなんだ。矢田先輩が『なちくん多分お母さんの事ママ呼びしてんの必死に隠してるっぽい』とか言ってたの聞いたことあるから。」
「えぇっ…!!嘘ぉ〜!バレてんの!?恥ずい…!矢田くん怖い…!さらっと雄飛に話すのやめて!?」
「それは奈知が思ってるほど大したことじゃないってことだろ。べつに隠さなくていいって。俺なっちゃんが母親のこと『ママ』って呼んでてもまったく気になんねえし。寧ろそんななっちゃんもかわいいなぁ〜って思うけど?」
え?…かわいい?……雄飛にそんなこと言ってもらえるなら、じゃあもう気にしないようにしよっかな…。と思う俺の隣で、雄飛はクスッと笑っている。
単純な奴だなって思われたかもしんねえけど、雄飛にキモがられるどころかかわいいって思ってもらえるのなら、俺がずっと気にしてたママ呼びしてることなんてまったく気にならなくなったのだった。
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