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真桜のお言葉に甘えて小夏も昼飯に連れて行ってやることにすると、母親が三人分の昼飯代をくれた。真桜は申し訳なさそうにしていたが日頃家にお邪魔させてもらっているお礼だと思ってくれたらいい。母親も真桜にお礼ができて満足だと思う。
マンションを出て、人通りの多い道に出ると、小夏は真桜の手をぎゅっと握りながらお利口に歩いている。
「小夏ずるいぞー、俺まだ真桜と手繋いで歩いたことないのに。」
幼児にこんなことを言ってもあまり深い意味までは考えないだろうと思ってそう口にすると、真桜が「えっ…」と狼狽えながら顔を赤くした。
思った通り、小夏は何の疑問も感じなさそうに「へへ」と嬉しそうに笑って俺を見上げてくる。
「よかったなー真桜に飯つれてってもらえて。」
「うん!」
俺の声に元気に頷く小夏は、今度は真桜を見上げて、また「へへ」と嬉しそうに笑った。
真桜に手を繋がれていたおかげで徒歩数十分の距離にあるファミレスまでしっかりお利口に歩いた小夏は、ファミレス店内に入って真桜の隣に座るのかと思いきやそこでは俺の隣に座ってきた。正面から真桜を見たいのかもしれない。
「小夏お子様ランチでいいか?」
「うん!」
「じゃあ俺は何にしよっかな〜。」
メニュー表のページを捲り、何を食べようか迷っている俺の正面で、真桜がメニューを選びもせずに頬杖をついてジッとこっちを眺めている。
「真桜?もう決まったのかよ?」
「まだ。…かわいいなぁ、二人とも。」
おい、呟き聞こえてるぞ。恥ずかしいからこっち見てないでさっさとメニューを見ろ。
俺はメニューに悩んだ挙句、腹を満たせそうなハンバーグがメインの皿とプラス別料金で白ご飯を追加した。
「おにいちゃんのおいしそう〜。」
注文後数分で頼んだものがテーブルに届き、お子様ランチが目の前にあるというのに、俺のハンバーグの乗った皿に目移りしている小夏が食べるのをやめて覗き込んでくる。
「なに?どれ?ハンバーグ?」
確かにお子様ランチのハンバーグと比べたらチーズも乗っていて美味しそうなのは確かだ。一口大のハンバーグをフォークに刺し、小夏の口元へ持っていってやると、小夏はぱくりと俺のハンバーグを食べた。
美味しそうにもぐもぐ食べる小夏を、真桜がにこにこと笑いながら目を向ける。
「小夏ちゃん、柚瑠お兄ちゃん優しいね。」
笑顔の真桜に話しかけられた小夏は、また少しもじもじしながら「うん」と小さく頷いた。笑顔で話す真桜の言葉に、俺まで照れ臭くなってしまう。
その後「もういらない。」と途中で食べるのを止めてしまった小夏のお子様ランチの残りも俺が食べてから、お会計をして店を出た。小夏の食べ残しを俺が食べるのはいつものことだ。
行きは真桜に手を繋がれててくてくと歩いていたのに、帰りは「おにいちゃん抱っこ」と言って抱っこを要求してくる甘えたでわがままな我が妹。
「はぁ〜?抱っこ〜?しょうがねえな、今日だけだぞ。」
外でぐずられても困るのでとりあえず小夏の尻と背中に腕を添えて胸元で抱えてやると、首に腕を回してくる。もうすぐ小学生だというのに、こうやって言われた通り抱っこをしてしまうから、妹が甘えたに育ってしまったのかもしれない。
「なんか俺、小夏ちゃんの気持ち分かる気がするなぁ。」
「ん?」
隣で並んで歩く真桜が、俺と小夏の方を眺めながら、徐に口を開いた。
「柚瑠ってぜんぜん嫌って言わねえからついつい甘えちゃうんだよなぁ。」
「え?嫌なことは嫌って言うけど?」
つまり言わないってことはそこまで嫌なことではないってことだ。
「んー、でも柚瑠はやっぱ優しいよ。あと我慢強いとことかはお兄ちゃんってところからきてる性格なんだろうなー。」
「…我慢強いとか初めて言われたし。」
…何を思ってそう思ったんだ。やたら俺のことを良く言ってくれる真桜の言葉に、恥ずかしくなって俺は真桜から顔を逸らした。
暫く小夏を抱っこして歩いていたが腕がキツくなってきたため小夏を降ろすと、小夏は俺と真桜の手を繋ぎながらまた歩き始めてくれた。
「真桜、今日はなんか小夏の遊びに付き合わせてしまってごめんな。」
「ううん、いいよ。俺も楽しかったし。…あ、でも次は柚瑠の食べたいもの食べに行こっか。今日は誕生日のお祝いするつもりだったし。」
「おう、サンキュー。じゃあまた今度行こ。」
真桜との別れ際にそんな約束をして、真桜は笑顔で俺と小夏に手を振りながら帰って行った。
「まおくん次はいつ会える?」
「ん〜、いつだろうな。」
小夏ごめんな、おにいちゃんは毎日真桜に会えるけど、家にはなかなか連れてきてやれないかもしれない。
*
柚瑠の家からの帰り道、緩んだ頬を引き締めるのが大変だった。
…そうか。柚瑠はお兄ちゃんだったんだな。
前々から俺には無い柚瑠の強さとか、優しさとかに惹かれていた部分があったけど、お兄ちゃんな柚瑠を見て少しなるほど…と思ってしまった。
小夏ちゃんもお兄ちゃんのことが大好きだろうな。『柚瑠お兄ちゃん優しいね。』って聞いたらお兄ちゃんを前にして頷くのはちょっと恥ずかしいのか、照れながらうんって頷く小夏ちゃんが可愛かった。
柚瑠のことを知れば知るほど、好きなところが増えてしまう。また一つ、柚瑠の好きなところが増えてしまったな。好きなところがたくさんありすぎてどうしよう。
高校に入学してからほとんどの時間を、柚瑠のことばかり考えてしまっている。
二年前の中学時代の自分を思い出すと、毎日をぼんやりと過ごしていて、学校が楽しいとかはあんまりなかった。タケにはよく暗いとか陰気とか言われてたっけ。あ、今もたまに言われるけど。
行きたい高校とかは特になかったし、タケに誘われて簡単に高校を決めたけど、この高校に入学して良かった。
中学卒業してからタケに美容院に連れていかれて、自分の真っ黒だった髪が茶色くなって、タケは似合ってるって言ってくれたけど自分ではちょっと変な感じがして、タケに言われるがままにピアスとかも付けて、言わば根暗が高校デビューしたみたいな感じだったけど、今はこんな自分も少しは気に入ってきたな。
きっと柚瑠が、俺のことを『好き』って言ってくれたからだ。
性格も少しくらい、前より明るくなってたらいいな。柚瑠にこれから先も、俺と一緒に居たいって思ってもらえるように。そんで、気弱で臆病な自分の性格とはもうおさらばだ。
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