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真桜に触れられた時の感触が、なかなか頭から離れない。あの時真桜が止めなかったら、真桜は俺にキスしていたんだろうな。


男の俺相手だから、どこかで友達の延長線上のような“好き”を想像していた自分がいて、でもやっぱり真桜の“好き”は、そういうことなんだ…って、うまく言えないけど、分からされた気分だ。


でもそれからというもの、真桜は何事も無かったかのように振る舞っている。

俺は真桜にどういう態度を取ってやるのが正解なのか分からなくて、何事も無かったかのように振る舞う真桜に合わせてやることしかできない。


打ち上げの集合時間に間に合うように真桜の家を出て、18時ちょっと前に会場である焼肉店へ到着すると、すでにわらわらとクラスメイトが集まっていた。

俺と真桜の姿を見るなり「あー!高野くんと七宮こっちこっち!一緒に座ろう!」とダンスメンバーの女子たちが声をかけてくる。


「ねえ〜!もうあたしさぁー、高野くんのこと好きなんだけど!!!」


そしてダンスメンバーたちが座るテーブルに真桜と並んで座ろうとした瞬間に、真桜の隣に運良く座っていた女子がソファー席の背凭れにだらんと凭れかかりながら手で目を覆い、よく分からないテンションでいきなりぶちまけてきた。


どわっとその場のテンションが盛り上がり、真桜は突然のことで困ったように笑っている。


「はいは〜い、高野くん返事は!?」

「え、ごめん…。」

「あーん秒で振られたぁ〜!!!」


告白を断られて悲しいはずなのに、その子はギャハハと周囲から盛大に笑われていて、そんな空気に真桜も笑っている。


「でも分かるよ、ダンス練習とか一緒にやってると好きになっちゃうよね、うんうん。」

「かっこいいもんね〜。私も分かる。」

「そーなのー!!!」


まだ打ち上げの開始時刻ですら無かったのに、真桜を前にしてそんな話題で盛り上がる女子に、真桜は照れ臭そうに前髪をいじる。


そんな真桜を横目で見ながら、俺は心の中で『俺だって』という気持ちになる。


俺だって、真桜と一緒にダンスをいっぱい練習して、難しい振り付けに苦戦しているところや、ちょっと格好悪く失敗しているところ、でもうまく踊れたら笑顔で喜んでいるところとか隣で見ていて、素敵に思うことはたくさんあった。


俺だって、もう十分真桜の良さはたくさん知ってる。


俺だって、真桜のことは好きだ。
できれば俺だって、真桜に『好き』って言ってやりたい。


そんな気持ちは、もうすでに俺の中にはあるのに、それが真桜と同じ『好き』なのか分からない。どう判断すればいいのか分からない。

そんな不確かな状態では、真桜に『好き』とは言ってあげられない。


そんな自分がすごくもどかしい。



「高野くんは彼女いないんだよねー!?」

「どういう子なら付き合いたいって思う!?」


女子の一人が真桜に振られたことにより、そこから真桜への質問攻めが始まってしまった。


「どういう子…ってか、両想いなら…」

「じゃあ私にもまだワンチャン…!」

「…あはは、あるかもね。」

「キャー!!!!!」


……は?あるのかよ。

俺が隣にいるって分かってて、そういう返事するんだな。

なんかそれを聞いてムカッとして、俺は女子の会話には寄る気はない、というような態度でそっぽ向いた。

しかしそれも数秒で、「ねー七宮はー?」と俺にまで話を振られてしまった。


「は?なにが?」

「なんかないのー?恋話。」

「七宮って地味にモテるよね。」


…地味にって。微妙に失礼だな。
まあ自分がモテるとも思ってないけど。


「残念ながらなんもねえよ。」


俺の返事に「えーつまんなーい」とか言われてるけど、そんなのは知ったこっちゃない。


女子はよく楽しそうに恋愛話をしてるけど、なんでそんなに楽しそうに話せるのか俺には理解できない。


「高野くん好きな子できたら教えてよ!?」とか言われている真桜は、「え、無理。」とか返事しながら笑っていたけど、俺はぴくりとも笑えなかった。


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