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「俺先走ろうか?高野どっちがいい?」
「……七宮の好きな方で、いい。」
昨日から夢見てるみたいに、七宮が俺の隣に居る。
今まで他のクラスメイトと親しげに会話する七宮を、ただ見ていただけの自分の隣に。
1000メートルのタイム測定の前半を走る生徒たちが、スタートラインにわらわらと集まり始めた。
「じゃあ俺先走るわ!」
それを見た七宮が、一度交換した記録用紙と筆記用具を俺に預けて、駆け足でスタートラインに立つ。
もしかしたら俺がモタモタしていたから、気を使わせたかもしれない。俺が先に走るべきだっただろうか。
七宮と会話をするたびに、自分に変なところが無かったかと後になって考え込んでしまう。
「じゃあ前半始めるぞー、記録するやつはペアのタイム見落とすなよー。」
体育教師のその声を聞き、俺はタイムが見やすい位置に移動する。七宮は膝の屈伸運動をしながら隣のクラスのバスケ部の奴と会話しており、いつもながらにそんな七宮の姿は爽やかで、目が逸らせない。
ジッと七宮のことを見ていると、不意に七宮の目が俺の方に向けられ、ドキッとしてしまった。
「高野ちゃんと見といてなー。」
その直後、七宮の俺に向けられた声が届いて俺はうんうんと頷く。うっかり記録を見落とさないよう気を引き締める。
けれど、「よーい、ゴー!」という体育教師の声に合わせて走り始めた七宮は、さすが運動部なだけあって、速くて、綺麗なフォームで、思わず見惚れた。
1番目を走っているのは隣のクラスの陸上部の生徒のようで、一人だけ凄まじいペースだ。
2番目、3番目、と続くのは陸上部やほかの運動部の奴らしく、その後ろ、4番目を走るのが七宮だった。
ハァ、ハァ、と七宮の息遣いが聞こえる。
1周目、2周目と七宮がスタートラインを通過するたび、しっかりタイムを記入する。
速いな。前を走る奴との差は少し開いてるものの、それでも俺からしたら十分速い。
次でラスト1周の4周目を通過しようとしていたとき、さっきより荒くなる七宮の息遣いに、俺は堪らなくなって声を掛けた。
「七宮がんばれ、ラスト一周!」
すると、俺の方を見てコクリと頷いた七宮の走るペースが、少し速くなった。
俺の声を聞き、反応を見せてくれる。たったこれだけのことなのに俺はすげえ嬉しくて、ついつい自分の口角が上がってしまうのが自分でも気付いてしまった。
ハッとして、口元を手で隠す。
ニヤニヤしてる場合じゃない。
七宮のタイムをしっかり記録するために、俺はラストスパートをかけている七宮の走る姿を、最後まで目で追いかけた。
「はぁ…はぁ…、しんどー。」
七宮がゴールすると、額から流れる汗を袖で拭いながら、俺の横に座り込んだ。
「おつかれ、すげー速かった。」
「まじ?サンキュー、陸部のやつらにはやっぱ負けるけどな。」
七宮はそう言いながら、俺に手を差し出してきた。
七宮の記録用紙だけを渡すと、七宮は「次高野が走るんだろ、持っとくから。」と笑い混じりに筆記用具と記録用紙を俺の手から抜き取った。
「あ、ピアスも持っとこうか?」
「…あ、いい?」
「いいよ。」
ズボンのポケットに入れていたピアスを取り出し、七宮に差し出された手の上に置く。俺の手が七宮の手に触れる。ただそれだけのことなのに、心臓がまたドキッとして、走る前からもうなんか、すでに苦しかった。
体力的にはまだ余力があるのに、胸がいっぱいいっぱいになりながら俺は1000メートルを走った。結果は微妙すぎるタイムだ。
「高野めっちゃ手抜いてない?」
走り終えた俺を見て、七宮がそう言って笑っている。
俺は決して手を抜いたなんてそんな自覚は無くて、首を振りながら口を開く。
「…つかれた。」
「全然息が乱れてないんですけど。」
心理的に…つかれたのだ。
1周1周、ゴール付近に俺を見ている七宮がいる。
俺は多分、無意識のうちにかっこつけてて、息が上がった変な顔を、七宮に見せたくなかったんだろう。
「はい、ピアス。」
走り終えた後に七宮から受け取ったピアスは、七宮の手のぬくもりでちょっとあったかくなってた。
「ありがとう。」
こうやって七宮と普通の日常会話を重ねるたび、七宮への気持ちはどんどん膨らんでいくし、もっと、もっと、と、七宮と親しくなりたいと思う自分がいた。
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