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佑都くんがどこか様子がおかしいのは、見ていて一目瞭然だった。

いつもの気怠げな表情にプラスした、憂いを帯びた表情。そして、なにか考え事をしているのかぼんやりした感じ。

兎にも角にも今の佑都くんはとても疲れている感じだ。それでもかっこいいから困っちゃうね。

ギュッと抱きしめたままでいた佑都くんの鞄の存在に気が付いたのは、わざわざ佑都くんがAクラスまで鞄を取りに来てくれた時だった。

佑都くんのこと考えててすっかり忘れていた。佑都くんは今何を考えているのか、何が起こっているのか。俺は全然分からなくて、分かりたくて、そればかり考えていて、佑都くんの鞄を俺はギュッと強く抱きしめていた。


俺の名前を呼んだ佑都くんの目立ち様ったらやっぱり凄い。みんな佑都くんを見る。口々に佑都くんを見ながら話している。


佑都くんは、俺の名を呼んで、一言鞄のことを言ったきり、ぼんやりその場に突っ立って動かなくなってしまった。無表情だ。表情が無い佑都くん。なんだかとても心配になる。


呼びかければ、ハッとしたように俺を見て、俺から鞄を受け取り、俺の頭を小突いた。


そんな佑都くんは、やっぱりどこか変で、元気が無かった。





昼休みになり、俺たちは佑都くんの希望で、空き教室でおにぎりとかパンとかを持ち込んで、昼食を食べることにした。

人混みが嫌だって。佑都くんらしい。

パンの袋を開けて、黙ってパンをかじり始める佑都くん。

俺はそんな佑都くんを黙って見つめる。

みんなも、佑都くんが話し出すのを待つように佑都くんの様子を伺う。


けれど佑都くんはもぐもぐとパンをかじったまま一向に話し始める気配を見せない。

痺れを切らした勇大が、沈黙のなか口を開いた。


「なあ佑都、愚痴は?」


直球のその問いかけに、佑都くんは「…ああ、」とまるで思い出したように顔を上げる。


「なんか、…いろんなことバカバカしくなってきたっていうすげえくだらねえ愚痴。」

「いろんなこと?例えば?」

「親衛隊のこととか。公認した直後に言うのもあれだけどさ、マジいらねー。って、思った。悪いけど。」

「…佑都。…なんかあった?」


佑都くんの話を聞いた猛が、心配そうに佑都くんの顔を覗き込みながら、佑都くんに問いかけた。


「…まあ。なんか、あったな。

…仲良くしてた後輩が、俺の親衛隊に怪我させられたんだよ。」

「…あ、ひょっとして光の友達の?」

「うん。そう。多分怪我させた親衛隊は、俺がその後輩と仲良くしてたの気に入らなかったんだろうな。」

「ああ、親衛隊にありがちな事だな。そこを、佑都が親衛隊をいかに上手く管理できるかどうかが重要だったってことだ。認識が甘かったな。」


勇大が言った言葉に、佑都くんはあからさまにムッとした表情を浮かべた。


「…それは、つまり俺が悪いって言いてえの?」

「んなこと言ってねえよ。」

「遠回しに言ってんじゃねえかよ。」

「じゃあ佑都にはそう聞こえたんならそうなんじゃねえの?」

「ちょっと勇大…!!」


なんだか佑都くんと勇大の間に不穏な空気が流れ、凛ちゃんが勇大に困ったように口を挟んだ。


佑都くんはそのまま黙り込んでしまい、そして、ギュッとキツく目を閉じた。


「ああそうだよな。結局は俺が悪いよな。あーあ、もうやってらんねーわ。」


佑都くんは目を開けると、髪をぐしゃぐしゃに掻きむしって、荒い口調でそう吐き捨てて席を立ち、その場から立ち去ったのだった。



「…勇大、今のはちょっと言い過ぎ。」


佑都くんが立ち去った後、徐に口を開いたのは将也だ。その隣で凛ちゃんがうんうん、と頷く。


「そうかぁ?あれくらい普通じゃね?佑都が甘ちゃんなだけだろ。」


しかし勇大に悪びれる様子はなく、ケロリとした表情でそう言う。

そんな勇大に、今度はずっと黙って会話を聞いていた猛が口を開いた。


「…確かに勇大が言ったことは間違ったことじゃねえのかもしれないけど、今の佑都に言うべきことではなかったと思うぞ。」


そう言った猛の表情は、すこし怒っているような、感情が読み取りにくい、無表情だった。


「なんで?間違ったことじゃねえなら問題なくね?つーかなに?みんな佑都のこと甘やかしすぎじゃね?思ったことははっきり言わねーとあの鈍感、いつまで経っても同じこと繰り返すぞ。」

「勇大、人の話聞いてる?俺は、“今言うべきことじゃない”って言ったんだよ。

最初に佑都言ってたじゃん。愚痴聞いてくれる?って。なら俺らははじめにその佑都の愚痴を、聞いてやるべきなんじゃねえの?」

「随分と過保護だな。ただ愚痴を聞くだけが佑都のためになるとは思わねえから俺は佑都にああ言ったんだけど?だからみんな、佑都のこと甘やかしすぎだって。」

「甘やかすとかそんなんじゃないだろ!?勇大、お前佑都の気持ちも少しは考えてやれよ!!」


とうとう猛は、勇大の言葉に怒りが爆発したように、立ち上がってそう叫んだ。

普段はいつも穏やかで、人が良い猛の声に、将也も凛ちゃんも、そして俺も、びくりと肩が跳ねた。

猛は多分、勇大にすごく怒ってるんだ。

いつも佑都くんと一緒にいた猛だから、俺たちにはわからない佑都くんの気持ちも考えて、怒ってる。

そんな猛を勇大は、ただ黙ってキツく睨みつけた。勇大自身にも納得いかないところがあるようで、鋭い視線を猛に向ける。


「あのめんどくさがりの佑都が俺らに愚痴ろうとしてるんだ、よっぽどストレスとか鬱憤とか溜まってんだろうな、それをまた更に佑都にストレス溜まらせるようなこと言ってどうするんだよ。」

「ハッ、マジ過保護。そのストレスとか鬱憤とか?自業自得じゃねえの?」


こうなったら意地でも自分の考えを押し付けようとするのは勇大の悪いクセだ。反論されることを極度に嫌う。それが勇大の性格だって、俺も凛ちゃんも将也も分かっている。


けれど今の勇大のその発言はあんまりだ。



暫く黙って話を聞いていた俺も、その勇大の台詞にはカッとなって、手元にあったおにぎりを勇大に向かって投げつけてやった。


「いってえな!!なにすんだよ!!!」

「佑都くんの自業自得だって?勇大ほんとにそんなこと思ってんの?カッとなって言ってるだけだろ?今なら聞かなかったことにしてやるけど?」


勇大だって親衛隊のことで困っていた佑都くんのことを、いろいろ考えていたはずだ。
きっと今は自分の考えを猛に否定されてカッとなっているだけ。

俺は勇大の台詞にそう感じている。というかそう思いたい。


「ハッ、なにお前まで。自業自得と思ったから自業自得って言っただけだけど?」

「…ああ、そう分かった。勇大は佑都に対してそういう感情を抱いていたわけね。」


勇大の発言に猛は、スッと目を細めて嫌悪感をたっぷり含んだ目で勇大を見た。
勇大は勇大で、こちらもかなりの不機嫌面を浮かべている。

「…だったらなんだ?」

「そんな奴友達でもなんでもねえ。もう二度と佑都に近付くなよ。」


猛は立ち上がり、勇大に向かってそう吐き捨てて、教室を出て行った。

オロオロと困ったように猛と勇大を交互に見る凛ちゃんに、険悪な雰囲気に黙り込んでしまった将也。

勇大は、猛が出て行った後舌打ちをし、苛立ったように猛が座っていた椅子を蹴り飛ばした。


ほんの数時間前までは仲の良かった俺らの関係が、一気に崩壊してしまった瞬間だった。


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