25 [ 26/29 ]

翌日の昼休みに、昨日雑誌を買ってそのまま袋に入った状態のものを手に持って、いつも教室で一人で飯を食ってる梅野に「たまには一緒に飯食わねえ?」って声をかけた。

梅野はやや躊躇いながらも頷いてくれたから、天気が良かったため梅野を外に連れ出し中庭のベンチに腰掛ける。すると、「なんか遠足みたいだな」って言いながら気のせいでなければ機嫌良さそうにしてくれているから、嫌がられてなくてちょっとホッとした。

梅野との二人の時間は沈黙が続いたりしないだろうか?とかいう不安はあるものの、まあすばるの話でも振っておけば大丈夫だろうと気軽に考えながら、さっそく俺は昨日買ってきた雑誌を梅野に差し出した。


「ほらこれ、昨日言ってた雑誌。」

「あ…、ほんとに買ってきてくれたんだ、ありがと…。お金後でいい?」

「うん、べつにいつでも。」


雑誌を梅野に渡してから、俺は手に持っていた袋の中からパンと紙パックジュースを取り出す。梅野は弁当の蓋を開ける前に、雑誌を袋から出してペラペラとページを捲った。


パンを齧りながら横目で梅野を観察すると、すばるが載っているページを開いてクスッと笑いを漏らしている。


「ん?どうした?」

「やっぱりこういうのに写ってると違う人みたい。すばるはこんなんじゃないよな。」


…おお、梅野がすっげー笑ってる。これはシャッターチャンスだろ。と思ってこっそりスマホを構えて写真……、ではなく動画ボタンを押したが梅野はまったく気付くことなくすばるのページを眺め続ける。


「梅野の前だとすばるってどんな感じ?」

「……俺の前だと…?」


俺の問いかけにそう聞き返した梅野は、何故か何も答えずに無言になりながらじわじわと顔を赤く染め始めた。…え?何故に?


「ん?梅野?どうした?なんか照れてる?ここだけの話にしといてやるから言えよ。」


…とか言いつつ動画撮ってる俺最低だけど。梅野にバレたら嫌われそう。ちなみにあからさまにスマホ構えるとすぐ梅野にバレるだろうから、右手でスマホを握りながら左手でパンを持ってさもパン食ってますって感じを出している。


『照れてる?』って俺に聞かれたことにさらに恥ずかしそうにし始めてしまった梅野は、その後観念したように口を開いた。


「…ほ、ほんとにここだけの話だからな…?」

「おう、大丈夫だって。」

「…高橋すぐすばるに言いそう…。」

「ふふ、大丈夫大丈夫。」


すげえ、当たってる。わりぃな梅野、嘘ついて。この会話は後にすばるに聞かせる気満々だ。音声は多分録れてるとして、顔が映っていた方が尚良しのため、梅野が喋るタイミングに合わせてしれっと右手を動かし、梅野の顔面が映るようにスマホを構えた。


「……すばるってなんか、こう…、なんていうか…、いっつも俺のこと『好き』って態度で接してくれて、すげえ優しい…。こんなテレビとか雑誌で見せてる笑顔じゃなくて、目とかふにゃって感じで、良い意味でヘラヘラ笑ってる。」

「あー分かる分かる。…ふふっ。にやけてんだよ、梅野の前では。」

「それすばるも自分で言ってた…。」

「じゃあそういうすばるのことどう思う?好き?」


そう言えばすばるはあの日公衆便所の中で『脈ありだと思う?』みたいなことを俺に聞いてきたくせに、その後のことは俺に報告無しだった。けれどラインで【 ラブラブ 】とか言ってたから、結局は梅野もすばるのことが好きだったんだろう。俺としてはまあ割と察してたことだ。


察してたけど、この際直接梅野に聞いてやろうと問いかけたら、また梅野は真っ赤な顔をしながら俯き、雑誌の中のすばるをジッと見つめながらコクリと頷く。


「……好き。」

「おー、すばる喜びそう。」


良い返事を聞けたところで、一旦俺は手がだるくなってきたため動画撮影を止めた。するとスマホから『ピコッ』と音がしてしまい、その音に反応して梅野がふっと顔を上げる。…あ、やべ…。


「え…?撮ってた…?」

「ううん?まっさか〜。」

「嘘だろ…?今絶対撮ってたよな…?」


顔面真っ赤色な梅野は、若干涙目にも見える恥ずかしそうな顔をして今更バッと雑誌で顔を隠し始めた。


「バレちまったからにはしょうがねえな。堂々と撮らせてもらうわ。」

「えぇっ!?」

「ほらほら、雑誌退けて。その雑誌の感想すばるに言ってやんなきゃなぁ。はい、3、2、1」


俺の掛け声に合わせて再び動画撮影を開始すると、梅野はそろりと雑誌の横から覗くように顔を見せ、また観念したように雑誌から隠れるのをやめた。


1秒…、2秒…、3秒…、4秒…と暫し沈黙が続いたが、5秒目くらいにカメラ目線で顔を向けた梅野が、ひらひらと小さく手を振った。ちょっと可愛い。そしてすばるが載っているページをカメラに見せつけるように開いて「これ読んだよ」って口を開く。

しかしまた1秒…、2秒…、話す言葉に悩んでいるように黙り込んだと思ったら、「かっこよかったよ」って囁いた。…おお、梅野が褒めた。

それだけでもういっぱいいっぱいだったようで、「はい!終わり!」ってさっきより大きな声を出しながら、また梅野はバッと雑誌で顔を隠した。十分十分。これは上出来だろ。


「オッケー、バッチリ。あいつ絶対喜ぶよ。」


これでアイドルのサインはワンチャン俺のものだな。とほくそ笑みながらすばるに梅野の動画をリアルタイムで送ったら、その数分後に事件は起こった。


梅野は雑誌を袋の中に片付けて弁当を食い始めた頃、ブーッ、ブーッ…と俺のスマホが震えたと思ったら画面には【 すばる 】の文字だ。すばるも昼休憩中なのか単に暇なのか、きっと俺が送った動画をすぐに見たのだろう。


「おお、すばるから電話かかってきたぞ。」


俺の声に反応して、梅野はもぐもぐと動いていた口を止めて俺を見る。「梅野が出る?」って聞いてみたが、首を振られてしまった。まじで電話苦手なんだな。

すぐに「もしもし?」ってすばるからの電話に出るが、それはどうやらテレビ電話だったようで、スマホ画面いっぱいにすばるの顔面が映った。


『でかした高橋!!!』

「うわっうるせ。」

『今昼休みだよな!?』


デカすぎるすばるの声に、一旦手を伸ばして顔からスマホを遠ざける。つーかすばるは当たり前に俺より梅野の顔が見たいだろうからカメラを梅野に向けたが、その瞬間に梅野はサッと立ち上がってベンチの背凭れに顔を隠してしまった。おい、照れ屋かよ。


『あっ!?蓮!?おい今チラッと蓮が見えたぞ!?』

「あー、梅野隠れたわ。」

『蓮隠れてんの!?かわいー!!!』

「うるさいうるさい、お前今どこいんの?」


電話でも相変わらず騒がしいすばるは、俺の問いかけには答えずにキョロキョロと辺りを見渡した。どうやらすばるが居る場所は屋外のようで、周りには人がたくさんいる気配がする。こいつはどこで何をやってるんだ。


『取り急ぎ高橋に礼をしてやるよ。アイドルではないけど。』


そう言いながらキョロキョロと辺りを見渡した後、一旦画面外からすばるの顔が消えたかと思ったら、入れ違いに俺の手にあるスマホ画面いっぱいには、究極美人で可愛い顔面が映った。


『は〜い、高橋くん初めまして〜!すばるくんと一緒にお仕事させてもらってるモデルのアンナで〜す!』

「えぇっ!?えっ、あっ、あ…、アンナちゃん…!?は、初めまして高橋です…!」


おい、すばる!お前やりやがったな!?これはガチで熱すぎる!!

この子は現在、化粧品のCMとかに出ているくらいの人気モデルのアンナちゃんだ…!そんな子が今、た…、た、『高橋くん』って俺のことを呼んだぞ!?おい!!


興奮している俺に引き寄せられるように、隠れていた梅野もおずおずと俺の隣にやって来てスマホ画面を覗いている。どうやら梅野もアンナちゃんには興味があるらしい。

すると、梅野が画面に映ったであろう瞬間に、アンナちゃんが『あっ!』と声を上げてにっこり笑った。…クソ可愛いんだけど。


『すばるくん、蓮くん映ってるよ。』

『蓮!?』

「お前はもう映らなくていいんだよ、あっち行っとけよ!」


アンナちゃんに呼ばれて再び画面いっぱいにすばるが映った瞬間に俺が野次を飛ばすと、俺の隣に居る梅野がクスッと笑った。


『れ〜ん!嬉しい〜、蓮が俺とテレビ電話してくれてる〜!』

「おい、もうアンナちゃんタイム終わりかよ。」

『うん。終わり終わり。』

「あははっ!!』


すばるの後ろからはアンナちゃんの笑い声が聞こえてくる。なんなのこいつ…!アンナちゃんと仲良いのかよ!?


『蓮今何やってんの?昼休み?』

「うん、ご飯食べてた。すばるは?」

『俺今とある撮影で野原に来てる。』

「野原…?頑張って。」

『うん!!蓮サンキュー!!』

「いや、サンキューは俺に言えよ。誰のおかげで梅野と喋れてると思ってんだよ。」

『高橋サンキュー。蓮とテレビ電話したかったらこれから高橋にかけるわ。』

「はっ!?そうなると俺もお礼を期待するからな!!!」

『じゃあね!蓮またね!!』


おい!俺の声は無視か!?

すばるも暇では無いようで、飛びっきりの笑顔を見せながら梅野に一声かけたところで、通話を終わらせた。


「…うわぁ、俺は今アンナちゃんという幻覚を見たのか?喋ったよな?俺、…アンナちゃんと。最後にすばるが映ってきた所為でまるで夢を見てたかのようなんだけど…。」

「喋ってたよ、あの人最近よくテレビで見る人だよな。」

「そうだよ、アンナちゃんだよ、アンナちゃん。」

「高橋ファンなの?」

「ファンっつーか、……まあファンだな。今ファンになった。」

「ははっ、単純。」


アンナちゃんと話したという興奮でその後の俺はずっとハイテンションで梅野と話していたが、そう言えば梅野と特に会話に困ることもなく、結構普通に話せてたな。

……って思ったのは、昼休みが終わった後だった。

もっと根暗な奴だと思ってたけど、すばるの前ではいつもこんなふうに普通に笑ったりして喋ってるんだな。


[*prev] [next#]

bookmarktop
- ナノ -