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すばるがテレビに出た日の次の日は、学校で女の子たちが『昨日すばるくんテレビに出てたね!見た?』『見た見た!』って予想通りの会話をしている。たまに男子が『朝倉の兄ちゃん出てたな』って話している声も耳にする。


「大好きな友達から返事来ない〜とか言ってたよね!紫苑のお兄ちゃんの事じゃないの?」


あたしの周りでもすばるの話は行われ、友達にそう聞かれたから「さあ、知らない。」って授業ノートに目を落としながら答えたら、それからはもう何も聞かれなかった。ノリが悪いとか素っ気ないとか思われたかもしれない。

だってお兄ちゃんの話したくないもん。暗いし、寂しそうだし、見ててあたしまで陰気な気持ちが移りそうで嫌になる。

昨日テレビを見ながらお兄ちゃんがちょっと泣きそうな顔をしていたのを見た時から、あたしはずっと考えていることがあった。お兄ちゃん、実はすばるのことが好きなんじゃないの?って。

今まですばるが一方的にお兄ちゃんに好意を寄せていて、お兄ちゃんはすばるのことを受け流しているのかと思ってたけど、あんなに分かりやすく寂しそうな、泣きそうな顔をするお兄ちゃんの姿を見せられたら、あたしはもうそうとしか思えなくなってしまった。

仮にそうだったとしたら、あたしは見て見ぬふりをしたい。何も知らないし、お兄ちゃんの恋愛なんてあたしは興味無い。だから周りの人たちにもお兄ちゃんとすばるのことは無関心で居てほしい。だから余計に、あたしは人にお兄ちゃんの話をしたくない。


そういう理由もあって多分すばるの話を振られてもめちゃくちゃノリが悪いあたしは、それ以降はあんまり友達からすばるやお兄ちゃんのことを聞かれなくなった。影で何言われてるか分かんないけど。女の陰口は怖いからね。



次の日も、そのまた次の日も、朝になると先に家を出て行くお兄ちゃんの寂しそうな後ろ姿を見た後にあたしは中学に登校する。

高校に友達居るのかな?誰かと話したりとかできてるのかな、いじめられたりはしてないだろうか?って、暗いお兄ちゃんの心配までしてしまって気分が晴れない。すばるが居た時はそんなの考えたこともなかったのに。

あたしはわりと一人でも平気な性格だから、お兄ちゃんもそうかな。とか、授業中適当に考えてちょっと安心してみたりする。

受験生なのに数学意味わかんなすぎてそっちの方が泣きそう。お兄ちゃんのことなんか考えてる場合じゃないんだよ、あたし。


学校から家に帰ってきてもすぐ勉強。…の前にちょっと気分転換にお菓子を食べよう。数学全然わかんないしお兄ちゃんに聞いてみようかな?…いや、ダメか。お兄ちゃんもそこまで頭良くなかったよな。

結局自力で頑張ろうと、机の横にチョコレートを置いて勉強に取り掛かる。家の中は誰も居なくて静かだ。お兄ちゃん今日帰ってくるの遅いなぁ。

そんなことを考えながら勉強していたら、お母さんが先にパート先から帰ってきた。ついでに買い物にも行ってきたようで、両手いっぱいに買い物袋をぶら下げて「ただいまー」ってあたしの部屋を覗いてくる。


「おかえりー。」

「あれ?蓮はまだ帰ってきてないの?」

「うん、そうみたい。」

「珍しい。どっか寄って来てるのかな?」


高校生になってからの兄はいつも帰りが早いから、五時を過ぎてもまだ家に帰ってこない兄をお母さんと珍しがっていた。


でももうすぐ六時を回る頃、ガチャ、と玄関のドアが開く音がする。兄が帰ってきたのだろう。今日はほんとに帰りが遅い。


「蓮おかえりー、今日遅かったね。」


いつものように、お母さんが玄関に向かって帰ってきた兄にそう呼び掛けている声が聞こえてきた直後のことだ。


「えぇっ!?すばるくん!?」とお母さんの驚くような声と、「あっ!蓮のお母さん久しぶり〜!」という、最近ではテレビの中で聞くようになった、すばるの声が聞こえてきた。


えっ…!?すばる!?


あたしも驚きで部屋から飛び出し、その姿を確認すると、腕や肘の生地がすり減っているようなボロボロのジャージを着たすばるが、相変わらずベタベタと兄に触れるように腕を兄の肩に回して立っている。ファッション誌のモデルをやってるような奴が、なんで突然そんな見るからに部屋着みたいな格好で登場するのか…。意味が分からない。


「すばるくんどうしたの〜!?びっくりした〜!わ〜嬉しい〜!いつもテレビ見てるよ〜!」

「ほんとですか〜?ありがとうございま〜す!今日は蓮に会いたくなっちゃって来ちゃいました!すぐ帰んなきゃいけないんですけどちょっとだけお邪魔しちゃって良いですか?」

「どうぞどうぞ〜!ゆっくりしてって〜!」


キャピキャピとハイテンションなお母さんの声を聞き、すばるは「お邪魔します」と言いながら靴を脱いて、家の中に上がってくる。


あたしの前を通り過ぎるとチラッとあたしを見下ろして、「紫苑ちゃんも久しぶり」って頭の上に手を置かれてガシガシと雑に髪を撫でられた。容赦無い触り方が腹立つけど、喧嘩を売る場面でもないのでここは大人しく「久しぶり」って返事をする。

ほんとは『なにそのボロボロなジャージ』って言ってやりたかったけど、そんな言葉を向ける暇もなくすばるはさっさとお兄ちゃんの部屋に入っていった。


すばるが隣に居る時のお兄ちゃんの表情は、嬉しそうに綻んでいた。お兄ちゃんが笑ってるところ見たのいつぶり?

すばるのことは嫌いだったけど、お兄ちゃんが嬉しそうにしてるから、その時のあたしは素直に『よかったね』って思えた。


突然のすばるの登場に勉強を続ける気分ではなくなってしまい、「あいつ来るのいきなりすぎでしょ」ってキッチンにいるお母さんに話しかけたら、お母さんはあたしの声なんてまったく聞いておらず「すばるくん何か飲むかしら?ご飯も食べていけばいいのに〜」ってコップを出してそわそわしている。


「邪魔しないであげたら?お兄ちゃんだって会うの久しぶりなんだから。」


お母さんは今にも飲み物を持ってお兄ちゃんの部屋に突撃していきそうな勢いだが、あたしはさりげなくそう言って、お母さんの行動を止めたかった。

だってもし二人がキスでもしてるところでお母さんが扉開けちゃったらどうする?…気まず過ぎるでしょ。まあまずそんな展開になることなんて想像したくもないけど。もしもの場合ね、もしも。


お母さんの手からコップを取り上げて元の位置に戻していると、お母さんは「そう?」って言ってちょっと不満そうにしている。


結局お母さんはずっとそわそわと落ち着きなくキッチンやリビングをウロウロしながら過ごしていたけど、それから一時間にも満たない短い時間をお兄ちゃんの部屋で過ごしたすばるは、陽気に「お邪魔しました〜!また来ます!」と言って帰っていった。

お兄ちゃんもすばると一緒に「駅まで送ってくる」って言って家を出て行ったけど、やっぱりその表情は嬉しそうに綻んでいる。


よかったね、お兄ちゃん。

久しぶりにすばるに会えて。


すばるのことは嫌いだけど、あたしは元気が無い家族の姿を見るのにうんざりしていたから、今日はほんの少しだけ、すばるに感謝した。


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