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放課後、急いで教室から出ようとしている高橋に校門で待っててと声をかけられ、三井さんと園村と一緒に校舎を出ると、もうすでにその時点で外から何事かと思うような女子たちの黄色い声が聞こえてきた。

そんな声を聞いただけで、ああ居るんだ、もうそこに“すばるが来てるんだ”って察した俺は、途端に心臓が苦しいくらいにドキドキし始める。

まだ姿は見えていないのにドキドキして、俺の足は次第に駆け足になる。どれだけ俺がすばるに会いたかったことか…、無意識のうちに態度に表れてしまっている。


そして校門を出たところで、すぐに女子生徒に囲まれたすばるの姿が目に映った。


…うわぁ、居る。ほんとに来てくれた…。

もう今ではすっかりテレビの世界の人になってしまったと思っていたすばるが、電話をしたら会いに来てくれた。


…どうしよう、嬉しい。
久しぶりに会えたのが嬉しすぎる。

ただ会えただけでこんなにも嬉しいなんて。


すぐに俺の存在に気付いてくれたすばるが、手を振りながら人波をかき分けて俺の元へ駆け寄って来てくれた。


「れ〜ん!!!会いたかったぁ!!」


俺の目の前まで来ると、一直線にこちらへ伸びてくるすばるの手。両手でギュッと身体を抱きしめられ、俺の頭はすばるの腕に抱き込まれるように腕を回された。後頭部にあるすばるの手のひらに頭をぐりぐりと撫でられて、高校生になった今でも俺は昔からまったく変わらない扱いを受けている。


「はぁ〜もぉ〜、会いたかったぁ。なんで全然連絡くれなかったんだよ、蓮は俺がいなくても平気なんだ…?」


すばるはそう言いながら俺の顔を覗き込んでくるが、今は顔を見られたくなくて下を向いた。何故なら、すばると目を合わせた瞬間に泣いてしまいそうだったからだ。


『会いたかった』って言われたって、すばるが自分から遠くに行ったくせに。俺がいなくても平気って?それはこっちのセリフだよ。

心の中でそう思いながらも、何も口には出さない俺に、すばるは続けて話しかけてくる。


「蓮?……俺のことあんま興味ない?なぁ、どうしたら興味持ってくれる?俺が主人公とかでドラマ出れるようになったら見る?もうちょっと売れて、もっと有名人になったら凄いとか思ってくれる?」


興味?あるよ、でも芸能人になったすばるにはない。主人公でドラマになんか出なくていいよ、全然売れなくていいから戻ってきて、俺の側に居て。

……なんて、芸能活動を頑張っているすばるには言えるはずない。だから俺は何も言葉を返せない。

高橋に借りたのか何故か俺が通う高校の制服を着ているすばる。これは、中学の頃に俺が描いていたすばるの姿だ。一緒に学校行って、寄り道とかもして、テスト勉強とか、体育祭、文化祭とかも。全部すばると一緒の高校生活。

勿論それは全部俺が勝手に描いていただけだから、俺の望みが叶わなくたってすばるは何も悪くないし、本来なら俺はすばるが決めた進路を応援してあげなきゃいけない。

でもやっぱり、また暫く会えなくなることを考えるとしんどくて、応援はできない。もう遠い存在になってしまったすばるにドキドキなんてしたくないのに身体は正直で、そんな自分にも耐えられない。

すばるに触れられた部分は熱を持ち始め、ドキドキする心臓に苦しくなって、結局すばるには何も返事をできないまますばるのことを突き放してしまった。


触れ合っていたすばるの身体を俺が押し返したから、「えっ…」と、動揺するような声を漏らしたすばるの横から、ずっとすばるの近くですばるが中学の頃から愛用していたジャージを着て立っていた高橋が口を挟む。


「場所変えた方が良いんじゃねえの?」


懐かしいジャージだな。まだすばるそんなヨレヨレのジャージ着てるんだ。なんで高橋に着せてんの、俺はそのヨレヨレジャージ姿のすばるの方が見たかったよ。

そんなことを考えているあいだに、今度はギュッとすばるに手首を掴まれる。今度はもう振り払えそうにないくらい、力を込められてしまった。


「蓮、どこに移動しよう?」

「蓮はどこがいい?」

「蓮の好きな場所に行こ?」


俺にそう問いかけながら、すばるは俺の手を引っ張って歩き始める。顔をずっと覗き込まれるけど、やっぱり俺はすばるの方をまともに見ることができなくて、顔を背ける。

茶髪で、セットまではされてないけどかっこいい髪型をしている。俺が知ってるすばるじゃない、もうテレビに出ている“朝倉すばる”だ。

背後からはぞろぞろと俺たちの後をついて来る人の気配がするものの、すばるはそんなのお構いなしに「なぁ蓮、なんか言ってよ」って、俺に話しかけ続けた。


赤信号で立ち止まり、何も話さない俺に痺れを切らして「なぁ蓮〜」って掴んだ俺の手首を揺さぶってくる。そこで初めて俺はすばると目を合わせると、「あ!やっとこっち見た!」って嬉しそうな笑みを見せられてしまった。


「久しぶりに俺のこと見てどう思ってる?俺ちょっとくらいは前よりかっこよくなった?一応肌とかすっげ〜手入れしてるんだよ、触ってみる?スベスベだよ?蓮と良い勝負かも。あっでもやっぱ蓮には負けちゃうかな〜。蓮のほっぺは昔からふわふわマシュマロみたいで可愛いもんな。」

「ふっ…、なんだそれ。」


一度目が合っただけでべらべらと楽しそうに話し始めたすばるに釣られて、笑ってしまった。さっきまで俺の胸の中にあったしんどかった気持ちが一瞬で吹き飛ぶくらい。昔から変わらない調子ですばるが喋るから、びっくりするくらい自然に笑みが漏れる。

すると今度は、笑った俺のことを見てすばるは嬉しそうな満面の笑みを向けてくる。「も〜、蓮やっと喋ってくれた〜」って、安心するように息を吐きながら俺の右肩に腕を回して、左肩には頭を乗せてきた。

でもそれもほんの一瞬で、すぐに思い出したように頭を退けて自分が着ている制服を指差しながら口を開く。


「あ、そうだ。この制服高橋に借りたんだけどどう?」

「んー…、似合ってる。」

「ほんと!?」


俺の返事に喜ぶすばるがちょっと憎たらしい。どうせこの制服を着ているのは今だけなのに、そんな姿で現れないで欲しかった。そんな姿を見せられたら、俺が叶えられなかったすばるとの高校生活をまた夢見てしまう。

しかし俺の気持ちなんて知るはずのないすばるは、にこにこと楽しそうに笑いながら「蓮と同じ高校に通ってるみたい」って口にする。

そうしているうちに赤信号が青に変わり、また俺の手首を掴みながら前を向いて歩き始めたすばるは、信号を渡り終えて景色を眺めるように遠くを見ながら「蓮と一緒に高校通いたかったなー」ってぽそりと呟いた。


すばるの口からその言葉を聞いた瞬間、俺はもう我慢できなかった。しんどかった思いが溢れ出るように、涙となって表に現れてしまった。


「なんで…、すばるがそれを言うんだよ…!」


そう言いながらぽたっと俺の目から溢れてしまった涙に、すばるは目を見開く。すばるが口にしたその言葉は、ずっと俺が思い続けていたことだ。


「すばるが自分で今の進路を選んだくせに…!」


俺と一緒に高校通いたいなら、通えば良かったのに…!絶対すばるならそうすると思ってたのに…!


「そんなこと言うなら芸能人なんてやめろよ!!」


ああ、俺なに自己中なこと言ってんだろ、こんなことは言うつもり無かった。こんなこと今言ったってしょうがないのに。

もっと他に伝えるべきことがたくさんあっただろうに。

寂しくて、しんどくて限界で、勢いですばるを責めるようなことを言ってしまった。すばるは何も悪くないのに。


突然こんなふうに言われてすばるもさぞ驚いただろ。知らなかっただろ、俺すばるのことめちゃくちゃ好きなんだよ。…まあ、それに気付いたのは無いものねだりするみたいにすばるが俺の隣に居なくなってからなんだけど…。



いつもなら俺が一言喋るとすぐに倍以上の返事をしてくるのに、この時のすばるは目を見開いたまま俺の顔をジッと見つめてくるだけで、暫く何も言ってこなかった。


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