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「ねえ、あそこに立ってる人、朝倉すばるくんじゃない?あの最近テレビによく出てる。」
「え、うそ?でもジャージだよ?さすがに違うでしょ。」
「えーそうかなぁ。」
…ギクッ、そこのあなたご名答。
そう、僕は朝倉すばる。
自分を知ってもらえていることに感謝しつつ、ジャージ男が朝倉すばるだとバレないように前髪を目元に押さえつけて顔を隠して、俺を噂しているその人たちから背を向けた。
こんな真昼間にジャージでウロウロしているやつが今売り出し中の芸能人、朝倉すばるなんて思われてはいけない。俺は爽やかイケメンとして売り出されているはずだ。
コソコソすると不審者みたいで職務質問されても困るし、スマホをいじっているフリして下を向いてやり過ごす。
新幹線の自由席切符を買って、なんとか新幹線に乗り込み、蓮が通う高校への道のりを調べる。
今から向かってたら放課後までには到着できそうだ。
高校の制服姿の蓮はどんな感じかな。
俺も一緒に高校通いたかったなぁ…。
…ってダメダメ、自分で決めた人生だ。蓮が言うならまだしも、俺が言っちゃいけない。…ま、蓮はそもそも言わねえけど。
あっ!そうだ!すげえ良いこと思いついた!
高橋に制服を貸してもらおう。俺って天才。
これでジャージの件も解決だ!とパッと閃いた案に胸を踊らせる。
蓮と同じ制服姿の俺を見たら、蓮も『すばると一緒に高校通いたかったなぁ』って言ってくれるかもしれない!
さっそくラインで高橋とのトーク画面を開き、文字を打つ。
【 高橋、あとで制服貸して 】
【 は?なんで?笑 】
こいつ絶対授業中もスマホいじってるんだろうなぁ。って思うほど返信が早い。ありがたいけどな。
【 ジャージで家出てしまった!こんな格好で蓮に会うわけにはいかない!!!!! 】
*
「ぶふっ、」
やっべ、笑っちまったよ。
板書している教師の目を盗んですばるからのラインを確認すると、笑わずにはいられなかった。
仮にも芸能人がわざわざ時間かけて好きなやつに会いに来るというのに、なんでジャージなんだよ。
つーことはあいつ、ジャージでこっち向かってんの?めちゃくちゃうける。
朝倉すばるはジャージが私服、なんてイメージ持たれても知らねえぞ。まあそれはそれでおもしれえけど。
すばるの素を知ってるものからすれば、テレビのすばるはスカしすぎなのだ。できれば俺は元のキャラでバラエティーとか出て欲しいと思っている。
暇つぶしにネットで朝倉すばるって検索してみたりするけど、世間からの評価はさまざまだ。
かっこいい、イケメン、爽やかなどと言う人がいるのは勿論のこと、こいつレベルならうじゃうじゃいる、とか、言うほどイケメンか?とかいう辛口評価まで。
顔を晒して活動するのって、大変な仕事だ。まあすばるは世間の評価より梅野からの評価しか興味無さそうだけど。
密かにわくわくしながらその後を過ごした俺は、放課後になりすばると待ち合わせしている高校のすぐ近くにある公園へ急いで駆けつけた。
ホームルーム終了後すぐに教室から走って来てやった俺に感謝してほしい。
「おー!高橋久しぶりぃ!!」
人気の無い公園で、ベンチに座るジャージ男が一人。遠くから見てもかっこいい雰囲気は出てるけど芸能人オーラは全然ねえな。
歩み寄ると言わずもがなそれはすばるで、俺に気付いて手を振ってきた。
「うーわ、まじでジャージじゃん。つーかそれ中学から着てるやつじゃね?」
よく見ると布が擦れて薄くなってたり、糸のほつれが出ていたりしてよれよれのジャージだ。あり得ねえ。
突っ込みを入れると「これが一番着心地いいから。」って。いやいやマジレスしてんじゃねえ、急いで着替えて梅野の元へ行かせるために、俺はさっそく着ていた制服を脱ぎ、すばるに差し出してやった。
「さすがすばる、似合ってんじゃん。」
「だろ?蓮制服姿の俺見て一緒に高校通いたいっつってくんねえかな?」
「知らね。早よ行くぞ。ちんたらしてたら梅野帰っちまうぞ。」
さすがにすばるを校内に連れて行くわけには行かねえから、校門で梅野が出てくるのを待つ。
しかし俺は、すばるの知名度を甘く見ていたのかもしれない。…いや、違うな。俺からしたらすばるはただの友達の一人に過ぎないから、うっかりしていた。
「あ〜っやばいやばい楽しみになってきたぁ!れ〜ん!俺だぁ〜!すばるが来たぞー!!!」
「ちょっ、お前ちょっとうるさいって。」
梅野に会える喜びから、テンションが高すぎてすばるはベラベラと大声で喋っている。
「れーん!!まだかなまだかなぁ。」
「いやだからお前ちょっとうるさいって!」
注意するものの黙らないすばるに、校門から出てきた女子生徒がパッとうるさいすばるに視線を向けた。
するとその瞬間、えっ、という顔をする。
そうしているうちにまた一人、一人と校門から出てくる生徒たち。
今度は会話をしながら歩いてきた女子生徒二人組が、「れんれんれんれれんれんれれんれん」と鼻歌交じりのすばるに気付き、「えっ!?朝倉すばるくん!?」と声を上げてしまった。
「はーい、僕朝倉すばる。おいら蓮ちゃんの出待ち中!!」
あ、ダメだこいつ浮かれてる。
頭の上に手をやり、ぴょんぴょんとうさぎのマネのような動きをしている。
自分が仮にも芸能人だということをきっと忘れているのだ。
ネジが外れた状態のように、ぶっ飛んだ態度で女子生徒に向かってぴょんぴょんと手を動かし続けた。
その瞬間、「キャー!!!なんでここにいるの!?」と駆け寄ってくる女子生徒。
そして騒がしさに気付きまた一人、なんだなんだと寄ってくる。
「あっ、…やっべ。みんな結構俺のこと知ってくれてんのね…?」
我に返ったすばるがぼそりと呟く。
売り出し中だからきっと油断していた部分もあったのだろう。
しかし数分後には、すばるの人気度が分かるかのように、周りは女子生徒でいっぱいになっていた。
そんな中、梅野が三井さんと園村を連れて現れる。
すでに女子生徒がすばるを取り囲むこの状況に気付いてか、梅野は駆け足でやって来た。
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