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俺、美作 時人(みまさか ときと)には、幼少期の頃から周囲とは住む世界が違うのでは?と思えるくらいに、やたらと顔立ちの良い友人が居た。

母親同士が仲が良く、物心つく頃にはよく一緒に遊んでいた男の子。自分の母親と比べても、その男の子の母親はとにかく美人で、可愛い。この親にしてこの子ありか。と理解できる、親子揃っての容姿の良さだ。


彼の名前は矢田 るい。

あんまり笑わない、そして無愛想な男の子で、幼少期俺は彼と遊ぶのはあまり好きでは無かった。


幼稚園でも彼のことをそう思っている子は恐らく俺だけじゃなく、彼の周りにはあまり男の子が居なかった。

………そう、男の子が。


「るいくんおままごとしよお?」

「ええ!あみが先に誘ったんだよお!?」


女の子に挟まれ、困った表情を浮かべているるい。一体るいはどっちと遊ぶんだろう、と少し気になりこっそりその様子を窺ってみる。

しかしるいは、「2人でおままごとすれば良いよ」と言ってその場を離れ、部屋の隅っこで静かに絵本を読み始めた。残された2人は「ふん」とそっぽ向き合って、その場からとっとと立ち去った。


彼の周囲には最初から、男の子はいなかったものの、寄ってくる女の子からも自ら離れていっていたから、彼はいつも、一人だった。


年に一度行われるお遊戯会では、必ず王子役だったるいが、とても嫌そうにおもちゃの王冠をかぶっていたのを今でもよく覚えている。そして毎回、お姫様役は争奪戦になる。

“モテモテ”とはまさに彼のためにあるような言葉だ。そして、そんなモテモテなるいの周りには、やっぱり男の子はいなかった。


いつも少し離れた場所で、おもしろくなさそうにるいと女の子たちの様子を眺める俺を含む男の子たち。そりゃあ、可愛い女の子に囲まれたるいを見るのはおもしろくないだろう。彼らの気持ちはとてもよくわかる。

しかし、可愛い女の子たちに囲まれたるいもまた、おもしろくなさそうな表情で居るから、更に見てるこっちからしたらムカつくのだ。


幼少期の彼らはまだ可愛げがあり、るいと女の子たちをおもしろくなさそうな表情で眺めているだけで済んでいたが、小学校に上がるともっと、るいの周囲は悲惨だった。


るいの容姿の良さは歳を重ねるごとにさらに際立ち、小学校に入学してすぐにるいの周囲は女の子たちで溢れかえる。

やはり見ていておもしろくない男の子たちは、るいに意地悪をしたり仲間はずれをするようになった。…いや、仲間はずれ、というのとは少し違う気もするけど。だってるいは、最初から一人だったから。

物を隠したり、教科書にらくがきしたり、石ころをぶつけてみたり。るいは幼少期からあまり人と喋ることは無かったから、彼らもどうせるいが言い返してくるとは思っていなかっただろう。そして俺もまたそう思っていた。


小学校から帰ってくると、母親はよくるいの話を俺にしてきた。

るいのお母さんが小学校に入ってからのるいの様子を気にしているらしく、上履きがもうボロボロだ、とか、教科書もよれよれだという話を俺の母親は聞くらしい。

るいくんちゃんとお友達と仲良くやってる?ということを聞かれて、俺は返事に困った。

るい、お友達いないよ。だなんて言えやしない。そして俺自身、るいをいじめてるやつらをただ黙って見ているだけだから、そんなことが母親にバレたら、俺はきっと怒られるだろう。

返事に困っていた俺に、お母さんは「るいくんのこと気にかけてやってね」と言った。そして俺はまた、困ったのだった。


気にかけるっつったって。

俺だってるいのことは苦手なんだ。…だって、全然しゃべんねーし。無愛想だし。会話がないと楽しくないじゃん。

だから、母親に気にかけてやってとは言われたものの、俺は変わらずるいの様子を少し離れた場所で見てるだけ。


そして今日も女の子に囲まれるるいに、男の子は悪さをしようとした。

るいの近くにいた女の子を乱暴に退かして、るいの頭を定規で殴り付けようとしていたのだ。

床に尻餅をついた女の子は、涙をぽろりとこぼした。

そんな女の子を気にする様子を見せず男の子はるいに向かっていくが、いつも無表情のるいがむっとした表情で、いつもはずっとそっぽ向いていたるいが、男の子と向かい合っていた。


「お、今日はやりかえすかぁ?」


にやにやと笑って定規を手のひらにパシパシと打ちつけながらるいを挑発している男の子が持つその定規を、るいは素早く奪い取った。


「あっなにすんだよ!」

「あやまれよ。」


そう口を開いたるいは、冷めた表情で尻餅をついた女の子に一度視線を向けてまた、男の子に視線を戻した。


「なんで俺がぁ?」

「泣いてんだろ、お前が乱暴したから。」

「うわー、やだくんかっこつけてるー!」


るいの発言にそれを見ていた男の子たちは、楽しそうに笑い始めた。るいの表情はどんどん険しいものになる。


「かっこつけだ、かっこつけー!」

「かっこつけのやだくーん!!」


周囲にいた女の子は完全に周りの男の子に怯えている状態で、もはやその場にるいの味方はいなかった。

しかしそんな状況の中で、るいは奪い取った定規を床に叩きつける。そして、冷めた口調で言ったのだ。


「かっこわるいお前よりマシだと思うけど。悪いことしてあやまんねえのは、最高にかっこわるい。」


そう言ったるいは、尻餅をついている女の子の手を引いて立ち上がらせる。


「ほら、あやまれよ。」


ずっと淡々と話するいに、男の子は唇を噛み締め、「…ごめん」と小さな声だが謝罪の言葉を口にした。

周囲でるいを笑っていた男の子たちは皆、きまりが悪そうに黙り込んだ。

謝罪の言葉を向けられた女の子が頷いたのを確認し、るいはまた元の無表情に戻り、その後何もなかったかのように過ごしていた。


それからというもの、るいに悪さをする奴は居なかったが、やっぱりるいは、一人だった。


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