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休日。食堂で朝ご飯を食べ、俺の自室へ戻ってくるなりベッドに寝っ転がって寛いでいる航に、俺は声をかけた。


「なー航、お願いがあるんだけど。」

「やだ。」

「え、まだなんも言ってねえのに…。」


用件を言う前に断られ、ちょっとショックを受けた。が、航はそのあと「えっちの気分じゃない」とか言っているから、俺は「違う違う」と首を振った。

さすがに朝っぱらからえっちの誘いは…な。…しねえよ。多分。


「映画見に行かね?」

「映画?…あ、分かった!今日から公開のハリウッド映画だろ!なんかテレビとかネットで宣伝がうぜえやつ!」

「当たり!俺一回映画館で見てみたかったんだよ。絶対迫力あるよなー。」

「るいハリウッド映画好きだな。」

「おもしれえよな。」

「せやな。」


……あ、興味なさそう。

まあ興味無い映画に誘われても困るよな。
諦めてDVD売り出されたら買って見ようか。

などと考えていると、航はむくりと身体を起こした。


「じゃあ服貸してー。」

「服?」

「うん、服。るいの服着て行く。」

「あ、映画行ってくれんの?」

「うん。るいが服貸してくれたら。」


なにそのおいしい交換条件。
そんなの喜んで貸してあげる。


「いいよ。俺ので良ければ。」

「るいのがいいんだよ。」


嬉しいこと言ってくれるな。なんだか得をした気分になりながら、俺は適当にトップスとロングパンツを差し出した。


「なんでもいい?」

「うん。おー、おしゃんてぃだー。」


航はさっそく着替えをはじめる。
ただのモノトーンな感じの服なのだが、そんなんで良いのだろうか。

航が着替えている様子をまじまじと眺めていると、航はチラリと俺に視線を向け、「どう?」と聞いてきた。

んー。どう?って聞かれてもなぁ。普段自分が着てる服だから、なんだか妙な気分になっていると、航はちょっと拗ねたように唇を尖らせた。


「…あ、似合わねーって顔してるな。」

「え、してねえよ。航なに着てもかっこいいかっこいい。」

「嘘八百!!!!!」

「…おお、航の口からなんかすげえ言葉出てきた。」

「この前知った言葉だから今が使いどきかと思って使ってみた。」

「よかったな。」


まあ使い方が合ってるかどうかはさておき。俺も部屋着から私服に着替えて、財布をポケットに突っ込んだ。


「映画代は俺が奢るな。」

「え、いいよ別に。」

「おもしろくねーかもだし。」

「じゃあポップコーン奢って。」

「ポップコーンだけでいいの?」

「うん。」


俺はだんだん楽しみになりながら、航の手を引いて部屋を出た。


「あ!航と矢田くん!!デート!?」


廊下を歩いていると、前から歩いてきたのはなちくんで、声をかけられる。


「そうそう、映画行ってきまー。」

「映画!いいねぇ!つーか航なんかいつもと雰囲気違う!なんか賢そう!!」

「うおっ!まじ?」

「あれ?ひょっとして矢田くんと服装合わせてる!?」


そう言ってなちくんは、俺と航を交互に眺めてくる。そこで俺もふと、航と自分の着ている服を見比べると、まるでオセロのようだと思ってしまった。そもそも俺が持っている服は、ほとんどがモノクロのものだから。

白いTシャツに黒いカーディガン、黒いパンツを穿いている俺と、濃いめのグレーのシャツに黒いパンツを穿いた航。


「オセロっぽいな。」

「確かに。なっちくんこれるいの服ー。」


航はそう言って、なちくんにモデルのようなポーズをして見せた。


「へえ!そうなんだ。うわー変なのー航が知的そう。あ、ナンパに気を付けてね。」

「あ、俺知的風だと声かけられちゃうかもなーやだーどうしよー。」

「無視しときゃいいんだよ。」

「お、さすが慣れてる人の言う台詞。」


いや別に慣れてるとかではなく。せっかく航と出掛けてる時に見ず知らずの人に声かけられるなんて気分悪すぎてたまんねえよ。

まあ航に近づいてくる人居ても俺が遠ざければいい話。


「じゃあなちくんまたな。」

「はーいお二人とも楽しんできてー!」


手を振るなちくんに軽く手を振り返し、ジロジロと視線を向けられながら廊下を歩くすれ違う生徒たちを交わして、俺と航は寮を出た。



「なあなあ、ちょーガン見されてる。」


電車に乗ってから数分後、航がコソリと耳打ちしてきた。どうやら航が言うのは、俺たちの斜め前に座っている大学生くらいの女性2人組で、確かにコソコソと会話をしながらこちらに視線を向けている。


「まあいつものことだけど。」


航は俺の顔をジッと見つめながらそう言って、ニッと笑ってきた。30cmも無い航との距離に、いつものクセでキスをしそうになるのを堪えて航の下唇をむぎゅっとつまんでみる。

すると斜め前から「「きゃぁ〜!」」という小さな悲鳴のような声が聞こえて、俺と航は同時に声の方へ視線を向けると、俺たちをガン見してるという女性二人組が口に手を当てて笑っていた。


「笑われてんだけど。」

「もう降りるから気にすんな。」


次で停車する駅で俺は航の腕を引いて、素早く電車から降りた。この駅から歩いてすぐのところに映画館があるから、行きやすくてとても助かる。

ずっと掴みっぱなしだった航の腕をゆるりと離し、映画館へと向かう。


「うわ、あのおねーさんたち後ろ歩いてんだけど。ナンパされんじゃね?」


チラリと後ろを見た航は、また俺にそう耳打ちしてきた。


「 はい、スルースルー。あとちょっとで映画館に着くから。」

「やったーポップコーン食える。」

「あれ?目的ポップコーン?」

「うん。」


…うわ、はっきり頷かれた。まあいいけど。ポップコーン食べてお利口にしててください。

その後、映画館の店内に入り、カウンターへチケットを購入しに向かう。希望の上映時間を告げてから、座席の希望を聞かれたので、航に目を向ける。


「俺どこでもいいぞ。」


あ、完全に見る気ねえな。まあいいけど。ポップコーン食べてお利口にしててください。


「じゃあこの二席で。」


なんとなく良さげの後方真ん中あたりを選び、財布をポケットから取り出す。航が金を出す前にお金を出し、預かってもらった。


「見る気ねえ奴に金ださせるわけにはいかねーからなー。」


財布を持ってキョトンとしている航に言うと、航は「え、見る気あるある。」と言ってきたが、俺の目をごまかせると思うな。

2人分のチケットを店員から受け取り、財布にしまった。


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