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「げ。明日母ちゃん来るだって。」
「ん?メールきたのか?」
「うん。今見たら来てた。るいママは?」
「さぁ。……あ、行くだって。」
お互い携帯をいじりながら、明日のことを話していた夕飯後。明日は年に一度行われる、授業参観の日なのだ。
ぶっちゃけ参観日に良い思い出はない。小学校の頃から授業参観後は必ずと言っていいほど母ちゃんにあれこれ文句を言われたからだ。
『授業中遊ぶな』だの、『ちゃんと手を挙げろ』だの、挙げたら挙げたで回答間違えたら『なんで分かりもしないのに手を挙げたんだ』だの。
運悪く授業参観中にウトウトしてしまったときには、参観中にも関わらず母ちゃんが『航寝んな!!』とまるで家で俺を怒るように怒鳴りつけてきたこともあるから、周囲はすげえ笑ってて、俺はそんな目立った空気の中唇を噛み締めて母ちゃんを睨み付けた。
すると母ちゃんは『もーやだーあの子ったらー!おほほほほ!』と怒鳴りつけたあとに澄ました顔してるから、マイマザーバカなんじゃないかと思った。
高校に入って初の、去年の参観日は仕事が入って行けないという残念そうなメールが母ちゃんから来たが、俺はしめしめ、と思いながら【 お仕事ご苦労さまでございます。 】と返信すると、【 母ちゃんが行けないからって泣かないで 】というメールが返ってきたから、【 泣くかボケ 】と送り返すと怒りの電話がかかってきたから、俺はやっぱり参観日にはいい思い出がない。
「うわー、母ちゃん来んのかよ〜。」
「嫌なのか?」
「嫌に決まってんだろー!るいママは良いよな、美人だし。まじでおほほほほだよな。」
「なんだそりゃ。」
俺の母ちゃんが『おほほほほ』っつったって胡散臭いんだよ。家での笑い方は『うはははは』なクセによ。言ったら怒られるから母ちゃんのことは口外しねえけどな。
「どんな感じ?」
「ん?何が?」
「航の母ちゃん。」
おっと、俺の母ちゃんるいに興味を持たれてしまったかい?るいがジー、と俺を見つめながら問うもんだから、俺はんー、と考えた。
「…まああれだな。一見愛想の良さげなお姉さまだよ。お姉さまな。」
「何で2回言うんだよ。」
しまった、るいに笑い混じりに突っ込まれてしまったが、これじゃあ言わされてる感満載である。
「大事なことなので2回言いました。」
「そう言えって言われてんの?」
「うん。……はっ!言われてない言われてない!ババアとかおばさんって言うなって言われてるだけ!」
「やっぱ言われてんだ。お前絶対母ちゃん似だろ。」
「なんで?」
「なんとなく。」
さすがるいきゅんである、俺のことをよく分かっている。
なんで今の会話で俺が母ちゃん似だと思ったのかは聞かないが、俺は昔から俺の母ちゃんと会話をしたことのある友人や知人に必ずと言っていいほど『似てる』と言われるのだ。
「航の母ちゃん見てみたいな。」
「見なくていいよ。」
「明日来るんだろ?」
「来ねーよ。」
「さっき来るっつったじゃん。」
「嘘だよ。来ねーよ。」
「見に行ってやろ。」
るいはそう言って、ニタリと笑った。
完全に興味津々じゃねえか。困ったな。何故なら母ちゃんはイケメンが大好きだから、『やだーイケメーン』と必ずるいを見て言うだろう。
そしてこうも言うだろう。
『あと10歳若かったらな。』と。
まず10歳若かったところでお前いくつだよ。と言いたいのと、お前父ちゃんというイケメンがいるじゃねえか、と俺は父ちゃんを支持したい。
「るい、悪いことは言わねえ。あのババアには近付かない方が身のためだぜ。」
「あ、今ババアっつった。」
「ハッ。ババロア!ババロアっつったの!」
「どんだけ焦ってんだよ。」
だって俺友達の前で母ちゃんのことババアっつったら、しばらく母ちゃんのこと『ゆりえちゃん』って呼ばねえと口聞いてもらえなかったんだからな!
因みに母の名は友岡 友里江(ゆりえ)である。
父ちゃんと結婚したことで、名前に友という漢字がふたつもある、大変友達思いのような名前だが、母ちゃんは自分の名前を『ともともしい』と言っていた。
意味が不明である。うむ。どうでもいいな、今のは余談ということで。すまない。
*
「航のお母さん来るの?」
「んーん、来ねえ。」
「なーんだ、残念。」
「アキちゃんママは?」
「来るよー!」
「お、どれか教えてねー。」
「うん!」
授業参観の日、学校に登校してきた俺たちは、さっそくそんなやり取りをする。
「高校生にもなって参観日とかいらねー!」
「お前の母ちゃんは?」
「来る来る、昨日電話あった。」
「まじ来なくていいんだけど。」
とか言って。みんなほんとは母ちゃんに会いたいくせに〜、とか言ったら『それお前だろ』とか言われそうでやだから言わねえけど。
授業参観は午後からの5、6時間目のみだから、生徒の保護者がやって来るのは昼からだ。
俺のクラスは英語と数学。これまた最悪な二教科に当たったもんだな、と思った。体育が良かった。
「俺コーヒー飲む。」
「珍しいな。あ、寝ないためか?」
「そうそう。砂糖とミルクはたっぷり。」
「ガキだな。」
「まあな。」
昼食はるいと。食後にコーヒーを飲むことはあまりない。飲むなら甘〜いミルクコーヒーだ!
さて、カフェインを摂取したところで、午後からは地獄の参観日である。食堂から教室に戻ってくると、気が早い親たちが早くも校舎内をウロついていた。
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