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少し時間を置いてからまた連絡してみようと一旦スマホを置き、会長の部屋は落ち着かないのでりとの部屋に入った。


「今度はなんだ!?クックック…自分の部屋行けよ…くっふふふっ…」

「お前さっき兄貴って呼んだだろ。」

「中身兄貴の設定だろ?」

「設定じゃない。今まじで中身俺。」

「いつまでやんの?そろそろつまんなくなってきたぞ?」

「つまんないとかじゃなくてまじで笑えない話だから。」

「いや、クソ面白かったぞ?鏡に向かって挨拶してたところ。…ククッ…」


りとはそう話しながら思い出し笑いするようにまた口を押さえてクッククック言い始めた。まじで腹立つなこいつ。ゲシッと脛を蹴るとりとは、「痛ッ!」と脛を押さえてうずくまる。


「拓也が蹴ったぁ!!!」

「クララが立ったぁ!みたいに言うんじゃねえよ、俺は拓也じゃなくて矢田るいなんだよ!!信じねえならお前の恥ずかしい過去ひとつ暴露してやろうか!?」

「…俺の恥ずかしい過去?そんなのあるなら俺が聞きたいくらいだけど。」

「お前小学生の頃浴槽に浮き輪浮かべて入るのにハマってて、気分出すために台所にあった昆布と塩入れて母さんに怒られてたことあるだろ。」

「ぶっ…!クククッ…そんなこともあったかもなぁ。兄貴から聞いたの?」

「だからその兄貴が俺なんだよ!!」


ああもう!クソッ…!やめよう…。りとに中身が俺だと信じてもらおうとしても疲れるだけだから早々に諦めた。

でもりとのスマホが無いと俺とは連絡が取れないため、一時間目から学校があるりとと共に学校に行くことにする。するとりとはまた笑いを堪えるようにチラチラと俺に視線を向けてくる。


「変な拓也。」

「もっかいスマホ貸してくれ。」

「自分のがあるだろ。」

「ロックかかってんだから使えるわけねえだろ。」

「ククッ…まだその演技やってんのかよ。飽きねえなぁ。」


飽きねえとかじゃなくてまだ中身が俺なんだよ!!

クソッ!!と苛立ちながら俺に【 今から学校に向かいます 】とラインを送るが、既読もつかず、返信が返ってくることもなかった。……いや、よくよく考えてみれば会長もロックがかかった俺のスマホを見れるわけがないのだった。


しかし学校に到着すると、敷地内の入り口に俺が目付き悪く腕を組んで偉そうな態度で壁に凭れかかっている姿を目にする。


「おっ…俺がいる……。俺って傍から見たらあんなに偉そうなのか…?」

「あぁ、兄貴?兄貴はいつも偉そうだろ。」


俺は少しショックを受けた。

機嫌が悪い俺は人から結構怖がられたりもするがあの姿を見たら少し怖がる人の気持ちが分かってしまった…。航の前では気をつけたい…。


「かっ…会長…すか…?」

「おう。…矢田、…だよな…?」

「…はい…。」

「「…………。」」


俺と会長は、互いに中身が入れ替わっていることを確認し、互いに呆然としながら黙り込んだ。


そんな光景を横で見ていたりとが、「ぶっ…!」とまた吹き出す。そして両手で腹を押さえ、くの字に腰を曲げながらやっぱり爆笑し始めてしまった。


「ギャハハハハハ!!ヒ〜〜ッ!!!あひゃひゃひゃひゃひゃ…!!クックック…!」


大学の入り口で爆笑しているりとを、心底笑える状況ではない俺と会長は同時に揃って睨みつける。こんなところであほみたいに爆笑されては目立って仕方がない。


「え!?そのギャグ誰に見せたくてやってんの!?俺!?まじ何デシベルまで笑えばやめてくれる!?ガチで腹痛いからそろそろやめてもらっていいっすか!?ヒェ!!」

「「うるせえな!お前ちょっと黙ってろよ!!!」」


見事なまでに俺と会長の声がシンクロした。

その瞬間、立ちくらみをしたみたいな気分になり、その後の自分の立ち位置が変わっている。俺の居た場所に会長が居て、会長が居た場所には俺が居る。

あれ…?これはつまり、戻ったと言うことか…?


自分の身体を確認したら、いつも着ている服や靴を身に付けていた。会長に目を向けると、会長も自分の身体を確認している。


「…なんか、戻ったっぽい、…すか?」

「そう、…みたいだな…?」

「ヒッ…くくくっ…なんだこいつら…」


顔を見合わせて現状を確認し合っている俺と会長を、りとがまだバカにするように笑っている。


しかしそんなりとはスルーして、会長がコソッと俺に話しかけてきた。


「このこと、航には言ってねえから。ただちょっとお前の体調悪いと思ってるだろうから帰ったらもう大丈夫っつっといて。」

「まじすか。了解っす。ありがとうございます。」

「キスのひとつくらいしてやろうかと思ったんだけどな。」

「えっ…」

「やってねえから安心しろよ。」


会長はそう言って、ふっと爽やかに笑った。

多分会長がそう言うのなら、本当にやってないんだと俺は思う。っていうか、俺が会長を信じたい。


でも、もしもやっていたとしても、俺は許してしまいそうだ。だって、俺の身体で航にキスしたとしても、きっと会長が苦しい気持ちになるだけだから。


こうして、俺と会長のほんの少しの間の奇妙な出来事は、無事に幕を閉じた。

お互いにあの日の事は忘れよう、と会長と話すものの、りとがいつまでもネタにしてくるらしくて忘れたくても忘れられないらしい。

『お前俺の身体でりとにどんな言動見せたんだ?』と聞かれたけれど、俺はその時かなりパニクっていて、正直あまりよく覚えていないのだった。


朝起きたら矢田だった おわり

2022.08.22〜10.04
拍手ありがとうございました!


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