1. りなとりとの靴下事件 [ 142/163 ]

【 りなとりとの靴下事件 】


昨日の天気は雨だったから、洗濯物が部屋干しされていた。だからりなは、特に何も考えずリビングに干してあった靴下を洗濯バサミから外して履き、中学校へ登校した。


異変を感じたのは体育の授業中だ。
おかしい。靴の中で靴下の布が余ってる感じがする。靴下伸びた?って思うような、そんな感じ。

気持ち悪い靴下の“感じ”を戻そうと靴を脱いだら、そもそも片足の靴下だけ男用の靴下を履いていることに気付いてしまった。通りでサイズが合わないわけだ。


…えっ、これ誰の靴下…?
お父さん?…りと?…どっちも嫌すぎる…。


でもお父さんの靴下はビジネス用の黒か紺なはずだから、…これは間違いなくりとの靴下だ…。

りなはそれが分かった瞬間、むっかぁ…!とりとへのムカつきでいっぱいになった。あいつが先にりなの靴下を間違えて履いたに違いない。そうでなければりなはちゃんと確認して、自分の靴下を履いたはずだ。


…えっ、どうする…?今日もしかしてずっとこのまま…?そんなの嫌だ…!


1時間目の体育の授業からりなはそんな悩みで頭がいっぱいになった。授業が終わってりなは教室の自分の席に座っていたら、ガラッと扉が大きな音を立てて何者かによって開けられた。あまりの大きさだったからクラスメイトたちが一斉に扉に目を向けるが、そこにはガラの悪い自分の兄がりなのことを睨みつけながら立っている。

この時りとは中学では最高学年である3年。反抗期真っ只中。だらんとブレザーの下からかっこ悪くシャツが出ている不良のようないでたちだ。りなは咄嗟にフンとそっぽ向いた。誰あれ?こっわ〜。

出入り口付近に座っていた大人しい男子も、ビクッと怖がるようにりとのことを見上げている。

そんな異様な空気が漂い始めた中で、りとは知らんぷりしていたりなに向かって怒鳴りつけてきた。


「おいりな!!!」


怒りレベルはわりと高い方のガチな怒鳴り方だ。それと同時に、ズカズカとこっちに向かってやって来るクソ兄。随分とりなに対してご立腹な様子を見せているけれどここは自宅ではない。学校で、妹のクラスの教室だということが奴には分からないのだろうか。お互いに恥晒しだからやめてほしい。迷惑すぎて仕方がない。


「キャア!!!ちょっとなんでこっち来んの!?うざいって、2年の教室堂々と入ってくんな!シッシ!!」

「んなことどうでもいいんだよ、お前俺の靴下履いてるだろ!!」

「わっちょっと…!大声で言わないでよ!」


最悪なことに、教室中に響き渡る声でりなは隠しておきたかったことを言われてしまい恥ずかしすぎて顔がカッと熱くなった。しかしそんなりなに向かってりとはワンポイント入っていたりなの靴下をポイっとりなの顔面に向かって投げつけてくる。


「キャア!!やめてよ!!」

「早く俺の靴下返せ!!」

「返せってあんたねえ…!自分で履いていったんでしょ!?」

「俺じゃねえわ!お前だろ!!」

「違うし!りなが履こうとした時は…、多分この靴下しか無かったもんっ!!」

「今ちょっと考えただろ、適当なこと言ってんなよ?いいからさっさと靴下脱げよ!」

「もしかして今からこの靴下履く気…?きもちわる、りながちょっと履いた後なのに…」

「じゃあどうしろってんだよ!!」

「裸足でいれば?」


とにかく教室でこんなみっともない兄妹喧嘩をしていたくなくて、シッシとりとを追い払おうとしながらそう口にしたら、りとはその場でもう片方の靴下も脱ぎ、またりなの顔面に向かってポイっと放り投げてきた。


「キャア!!!こいつ最低!!…くっさ!!」

「んならお前が俺の靴下両足とも持って帰って家帰ったら洗濯機入れとけよ!」

「なんでりなが!?」

「お前が裸足でいろっつーからだろ。チッ、……このブタッッ!!!お前帰ったら覚えとけよ。」


りとは捨て台詞にそう言い残して、怒りマックスで教室を出て行った。怒りたいのはりなの方だ。

気付いたらシーンと静まり返っていた教室と、クラスメイトから注目を浴びてしまっていたことにりなは恥ずかしすぎて顔から火が出そう。


手元に残ったのはまだ生暖かいりとの履いていた靴下と、りなのワンポイント入った白い靴下。

りなは暫く呆然としてその場から突っ立ったまま動けなかった。


…え、どうするべき…?このまま今日はりとの靴下を履いておくか、数時間りとが履いたりなの靴下に履き替えるか、それともりなも裸足でいるか…。


「りと先輩かっこい〜っ」


怒り心頭中のりなの後ろの席に座っていた子がそんな声を漏らしているから、りなは臭い靴下片手に「…はぁ?」とその子を見下ろしたら、「あはははっ」と笑いでごまかされた。


結局嫌だったけど、りとがちょっとだけ履いた自分の靴下に履き替えて、りとの両足分の靴下はビニール袋に入れてゴミ扱いするように口をキツくしばる。


「りと先輩の靴下いるぅ〜?」


りなは冗談で後ろの席の『りと先輩かっこいい』と言っていた子に靴下が入った袋をぷらぷら揺らしながら言うと、その子はまさかのパッと笑顔を浮かべて「えっ!?いいの!?」と言ってきたから、「…え、冗談だよ…。」と顔を引き攣らせながら靴下の入った袋を鞄の奥底にしまった。


捨ててやろうかとも思ったけど、後からりとがうるさいだろうと思い、ちゃんと家に持って帰って洗濯機にぶち込んだ。


もちろん、二人とも帰宅後に家で再び大喧嘩したのは言うまでもない。


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