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「お待たせ〜。ゴキごときでまさか呼ばれるとはな〜。」

「ごめん。お礼は殺った後にな。」


家の中に航を招き入れた瞬間、俺は航の手首を掴み、すぐに洗面所の方に航を連れて行った。

床に置いていた殺虫剤を手に取り、航に差し出す。


「風呂場の上の端の方に居たんだよ。もう結構時間経ったからどっか移動してるかも。」

「へえ。」

「あああ!!!おまっいきなりッ!!!」


航は俺の話を聞きながら、平然とした顔で風呂場の扉を開けやがった。俺はまだ心の準備ができていなくてササッと後退り、風呂場から距離を取る。


「どこ?いなくね?」

「居るんだって!上の方!上の方!上の方!左の上の方!!!」

「左の上?あッいた、そこ、扉にくっついてんぞ。」

「ギャアアアアアアアア!!!!!!」


航にヤツが居た場所を教えてやるために恐る恐る扉の隙間から風呂場を覗いてやったと言うのに、覗いたすぐ先に黒いヤツがひっついてるのを見てしまい、俺は今度こそ全力で風呂場から逃げ出した。


「…ふふ、ちょっ、うるさ…。」


航がそんな俺を笑いながら、シューと殺虫剤を噴射させている音が聞こえる。


「りとくーん?捕まえるからティッシュちょーだーい?」


そしてもう殺ってくれたのか、航の俺にそう呼びかけてくる声が聞こえてきた。急いで俺はティッシュの箱と、ビニール袋を持って風呂場に駆けつける。


ヤツの死骸を見るまではどうしても安心できなかったため、再び恐る恐る風呂場を覗き込んだら、航の足元でまだヤツがヨロヨロと動いているではないか!!!


「まだ生きてんじゃねーか!!!!!」

「そのうち死ぬって。」

「そういうのが命取りなんだよ!!!はやく殺れって!!!ヤツの生命力舐めんなよ!?」

「ぶふっ…りとくん必死すぎ。命取り?コイツが誰の命を取るって?」

「俺の命だよ!!!!!」

「ふふふ…そりゃ大変だな。」


航は俺を見て笑いながら、俺が持っていたティッシュの箱から紙を数枚取り、淡々とまだ動いているヤツを紙で掴んでブチッと握り潰した。


「ヒッ…!」


ここはホッとするはずだが、ブチッていう音が無理すぎて引き攣った声が漏れる。

そんな俺にも笑っている航が、俺の持っているビニール袋にヤツの死骸入りティッシュを入れようとしてきたから、俺は咄嗟にビニール袋を手から離した。


「お、っとちゃんと持っとけよ!!」

「嫌だって!航がやれよ!!!」

「どんだけこき使うんだよ。るいに知られたらそんくらい自分でやれって絶対言われるぞ。」

「ごめんって!頼むから!!自分でできねーから呼んだんだろーが!!!」

「ふふっ…うける、まじで必死すぎ。」


結局航は、笑いながらもビニール袋にヤツの死骸入りティッシュを入れ、キツく縛るところまでやってくれた。

台所のゴミ箱まで案内して、奥の方に捨ててもらう。


「ふぅ…良かった。やっと生き返った。航、まじでサンキューな。」


ホッとしながらコップにお茶を注ぎ、航に差し出す。


「はいはい、いいよ。面白い物見れたしな。あ〜何奢ってもらおっかなー。」


航とお茶を飲みながらそんな話をしていると、ガチャ、と玄関から鍵が開く音が聞こえてきた。


「おいりとー帰ってきたけど大丈夫かー?」

「あ、拓也ちゃんだ。」

「おかえり。大丈夫、航が殺ってくれた。」

「は?航??ちょっとよくわかんねーんだけど。なにがあった?」

「だからヤツが出たんだって。風呂場に。」

「だからヤツって誰だよ?」

「ゴキブリだよゴキブリ。」

「2回も続けて言うんじゃねえよ!!!」

「りとくん命の恩人に向かってそんな言い方はねえだろ。…ふふふ。」

「…わりぃ。」


状況を知り拓也に呆れた目を向けられていたところで、遅すぎる兄貴からのラインの返事がきた。


【 自分で頑張れ。 】


その文字を眺めながら、俺は思う。

やっぱり俺は、多分一生、一人でヤツを倒せない。

キモくて、怖くて、………キモすぎる。


良かった、航がすぐに来てくれて。
またヤツが出たら一番に航を呼ぼう。
めっちゃ冷静だったし、素早かったし、プロってた。業者かと思った。G退治の料金を払ってやっても良いかもしれない。

心の中で航のことをダダ褒めしながら、俺は航に話しかける。


「航は飯もう食ったの?」

「うん、もう風呂入って寝るだけだった。」

「じゃあ俺の部屋泊まってってくれていいから。あと風呂も。」

「まじで?どうしよっかなぁ。」


航が俺の提案に悩んでいる中、俺のスマホがブーブーと震えて、画面に表示されている【 着信:矢田るい 】というめんどくさそうな文字を見てしまった。


「はい?」

『はい?じゃねー!!!ゴキブリごときで夜遅くに航を呼び出してんじゃねーよ!!!』

「あーはいはい、ごめんごめん。でも、」

『でももクソもねえ!!!次は自分で始末しろよ!!1匹出たら100匹出るって言うだろ!お前その度航を呼ぶつもりか!?』

「………………。」


恐ろしいことを口にした兄貴の発言に、俺は無意識に通話を切っていた。


バタン……………


「はっ!?りとくん大丈夫か!?」

「おいりと!?どうした!?!?」


1匹出たら…100匹………だと……?


「…バルサン…、……バルサン……」

「ん!?なんだって!?」

「………バルサン焚きたい……。」


その日、俺は失神するように眠りについた。

しばらく俺の、不安な日々は続きそうだ。


矢田りとvsゴキ○リ おわり

2021.08.31〜09.28
拍手ありがとうございました!


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