羨望の的、ハヤミソウ [ 45/51 ]

『ハヤミソウってどいつ?』

『あいつ、矢野冬真と一緒にいるやつ。』


これ今日で何度目だ?

廊下から教室の中を覗き込んで俺のことをジロジロと見てくるやつが少なくとも10人は居たぞ。


ハヤミソウハヤミソウって人を草の名前みたいに呼ぶんじゃねえよ。イラッとしてジロジロ見てくるやつを睨み返したらあっさりと立ち去ってくれた。


「すっげーなぁ、咲田くんって学年っつーより学校中の人気なんじゃね?」

「そうみたいだな。」

「おい彼氏様高みの見物かよ。」


俺を見てにやにやしながら喋る冬真うっぜー。俺の机の上に座ってやがったからガタガタと机を揺さぶって落っことしてやった。


「うわっちょっやめろよ!!」


床にひっくり返っている冬真を見下ろし笑っていると、またまた廊下からはハヤミソウを見に来た奴の声が聞こえてきた。だから俺は草じゃねえ。


「ハヤミソウってのはお前かぁ!!!」

「うわっデカッ!びっくりした、誰だよお前。」


いきなり目の前に現れた大柄な男が、凄みを利かせながら俺を見下ろした。


「あっおい想!この人3年だって!柔道部で全国行ったっていう先輩じゃね?」

「へえ。…………で?」


用件はなんだ?と無言で男を見上げていると、突然そいつは顔をしわくちゃにして目を潤ませた。


「は?いやいやいや意味不明なんすけど…。」

「…陸ちゃんと付き合ったってほんとう?」

「え、…ああ、…はい。」


なんだよ、こいつも陸のこと好きな奴か。

登場時の凄みはどこいった?と笑いそうになるくらい、ピュアな目で俺に問いかけてきた。


「…そうか。幸せにしてやってくれな…。」


俺の返事を聞き、しょぼんと肩を落としたその人は、大柄なのに立ち去り際に見た背中はなんだか小さく見えた。


ちょうどその人が教室を出て行こうとしていた時、移動教室からの帰りなのか教科書と筆記用具を手に持った陸が現れた。


「想!」


廊下から俺に向かって満面の笑みを浮かべて手を振ってくる陸。そんな陸を間近で目にした先輩が、ますます涙目になって鼻を啜っていた。


俺は、咲田陸の人気を侮っていたようだ。


こうして陸がこの場に現れた瞬間、周囲は「咲田だ」「咲田ちゃんだ」と一斉に陸に注目し始める。


そんな注目を浴びまくっている中、タタタッと俺の元へ駆け寄ってきた陸が、にこにこと表情を緩ませながら椅子に座っていた俺の頭の上に頭を乗せてきた。

唐突な陸の行動に「ん?」と俺は見上げようとするが陸の頭が乗っていて身動きが取れねえ。


「なんだよ?」

「…ちょっとくっつきたかっただけ。」


陸はそう言ってパッと俺から距離を取った。

照れ臭そうにちょっと頬を赤らめてはにかんでいる陸はまあ普通に可愛い、


「ぬあああああ〜!!!!!今のなんやねん陸ちゃん!!!可愛いすぎるぞ俺のエンジェル!!!くそっ……ハヤミソウになりたい……。」


……可愛いけど、なんだよ今の叫び声は。


廊下で凄まじく響き渡っていた雄叫びは、多分、あの先輩の声だろうな。


どうやら俺が、男子校のアイドルを独り占めにしてしまったことは罪深そうだ。


羨望の的、ハヤミソウ おわり


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